Tomorrow is Another Day
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それからも熱は上がったり下がったりで。
電気をつけておいても、音楽をかけてみても夜はやっぱり眠れなかった。
闇医者はすごく心配してたけど、でも、小宮のオヤジや患者モドキが毎日お見舞いに来てくれたから、あんまり落ち込んだりしなくて済んだ。
「なんだあ、これ、英語の歌ばっかりなんだなあ。マモルちゃん、英語なんかわからないんだろ? 歌謡曲にしてもらったらどうだ?」
今日もオヤジと患者モドキ二人が来てくれて、お茶を飲みながらあれこれと話してた。
闇医者が持ってきたCDは本当に全部洋楽で、オヤジたちのシュミにはぜんぜん合わなかったらしい。
「うん。英語はわかんないけど」
でも、聞いてるとちょっと大人になった気がするんだよって言ったらみんな笑った。
「どうせだったら、もっとノリのいいヤツにしてもらったら? せっかく向こうの音楽なんだからさあ」
「それじゃマモルちゃんが寝られないって。なあ?」
毎日こんなだけど、いつもすごくホッとして。
本当に診療所にいるみたいだなって笑ってるうちにあくびが出て。
「マモルちゃん、眠かったら寝ていいんだぞ?」
「うん」
ずっと退院なんかしないで、このままだったらいいなって。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。



すごくたくさん寝たような気がしたのに。
「……うわ、まだぜんぜん明るいじゃん」
目が覚めて、誰もいなくなった部屋でちょっとがっかりした。
「だって、こんな時間に起きちゃったら、夜また寝れなくなるもんなぁ」
どうしようって思いながら、ぶつぶつひとりごとを言ってたら、闇医者が顔を出した。
「あれ、もう起きちゃったの? マモル君がよく寝てるからって、小宮さんたちもさっき帰ったばかりなのに」
もう少しいてもらえばよかったねって言われて、俺もそうだよなって思った。
だって、一人でテレビを見てるのもつまらないし。
「それに一回起きちゃったら絶対朝まで眠れないもんなぁ……」
闇医者は「そんなの気にすることないよ」って言うんだけど。
俺にはちょっと悩みだった。
「夜寝られなくても、明日になったらまた小宮さんたちが来てくれるから、みんなが来てからお昼寝すればいいよ」
ぜんぜん寝られないわけじゃないんだから大丈夫って言われたけど。
でも、せっかくお見舞いに来てくれてるのに、俺が寝てるのってダメだよな。
「だって、何のために来てくれてるかわかんないよね?」
みんなに悪いよって言ったけど、闇医者はやっぱりどうってことないって顔をした。
「小宮さんたちは診療所に行く代わりにこっちに来てるだけだから、マモル君は寝ていても起きていてもどっちでも構わないと思うよ」
診療所にだってお茶を飲みに来てるだけなんだからって言われて。
「……そうだったかも」
言われてみればそんな気もした。
っていうか、俺もそうだったけど。
「でも、昼間寝ちゃったら、また夜寝られないし」
毎日そうなったら困るよなって思うんだけど。
「どうせまだ退院できないんだから、あせる必要はないからね」
「……うん」
それから、簡単な検診をして、体温を測って。
「今日はちょっと高いかな」って言いながら、いつもと同じように髪をなでてにっこり笑った。
「じゃあ、検診は終わり。今からおいしいお茶を入れてきてあげるね」
「うん」
楽しみだなって思いながら手だけバタバタしている間に闇医者が薄いハーブティーを入れてきてくれた。
お腹に力が入らないから、電動ベッドで起こしてもらって。
「このベッド、楽しいよね」
小宮のオヤジが何回も遊んでたって告げ口したら闇医者も笑ってた。
「まだ熱いから、よく冷まして飲んでね」
ハーブティーって言っても、お湯に少し匂いがついてるだけって感じなんだけど。
「……おいしいかも」
すごくいい匂いで、それになんとなく懐かしい気がした。
「内臓が無事でよかったね。思ったより胃が弱ってるからまだ普通の食事はできないけど、ちゃんと食べられるようになったら楽しみも増えるよ」
「うん。今日の夕飯何かなって考えるの、楽しいよね」
母さんが死んでからはずっと自分で買ってきた物を食べてたから、そういうのは久しぶりで、なんだか嬉しかった。
「それに病院のご飯食べるのは初めてだし」
闇医者の診療所は本当の入院患者なんかいなくて、小宮のオヤジみたいな入院患者モドキだけだったから、俺が前にケガした時は出前とかデパ地下のお弁当とかだった。
「ここのはおいしいから期待していいと思うよ」
闇医者が本当に楽しそうにニコッて笑うから、俺ももっと嬉しくなった。
「マモル君はこれからたくさん食べてもっと太らないとね。1ヶ月の入院の間にあと5キロは太ってもらわないと」
それでも少ないくらいだけどねって言われて、そうなんだって思ったけど。
それよりも。
「俺、そんなに長く病院にいるの?」
ケガについては院長先生にも「すぐに治るよ」って言われてたから、一ヶ月って言われてちょっとびっくりしてしまった。
「怪我はそれほどひどくないけど。でも、規則正しい生活ができるようにならないと叔父さんの家にはいけないだろうし……それに、中野さんのお仕事が落ち着くまでは外に出すなって言われてるから」
だから、たぶん一ヶ月くらいって言われて。
なんだかよく分からないけど。
「ふうん……そうなんだ」
とりあえず、それでもいいやってことにした。
だって、ここにいればみんなも遊びに来てくれるし。
もしかしたら中野にも会えるかもしれないし。
「……ね、中野の……新しい会社って……すごく忙しかったりするのかな」
だって、あれからぜんぜん見かけなくて。
だから、もしかしたら退院するまで一度も会えないんじゃないかってすごく心配したのに。
「中野さんの会社? 僕はよく分からないけど、そうでもないんじゃないかな。昨日も一昨日も変な時間にお見舞いに来てたし」
ぼうっとしてたから、一瞬、そのまま聞き流してしまいそうになったんだけど。
二秒遅れくらいで闇医者の言葉がようやく頭に入ってきた。
「……え……中野、来てたの?」
でも、俺は一回も見てないよって思ったけど。
「なぜかいつもマモル君が寝てる時に来るんだよね。起してあげようと思ったんだけど、中野さんが寝かせておけって言うから」
なんとなく少し言い訳っぽく聞こえたから、きっとそれは嘘なんだって思った。
だって中野が二日も続けてお見舞いに来るはずなんてない。
「……じゃあ、また俺が寝てる間に来たら、代わりに『ありがとう』って言ってもらえる?」
何度考えてもやっぱり嘘だって思うんだけど。
でも、万が一本当だったらすごくいいよなって思ったから、闇医者にお願いだけしておいた。
でも。
「そういうことは自分で言わないとね」
あっさり断られて。
ついでに。
「今日、中野さんが来たらちゃんと起こしてあげるから」
布団を掛けなおしながら、そんなことも言われて。
にっこり笑ってる闇医者を見上げながら、もしかしたらホントなのかなってちょっとだけ思ったけど。
「……ううん、やっぱ、いい」
だって、そんな約束をして起こしてもらえなかったら、「やっぱり来てくれなかったんだ」ってがっかりするから。
だったら、寝ている間に来たかもしれないってことにしておいたほうがいいよなって思って。
「起こさなくていいよ。……せっかく寝られたのにもったいないし……」
心のどこかで、中野が来るわけないじゃん、って思ってた。
だから。
「……今日はなんか疲れちゃったから、途中で目が覚めないように薬飲もうかなって思ってたし」
本当は来ないってわかってても。
中野はきっと俺が寝てる間に来て帰ってるだけ……って、そう思いたかったから。
なのに。
「マモル君、実は僕の言うこと信じてないでしょう?」
やっぱり闇医者にはバレていた。
「……うん……だってさ」
中野が来るわけないよって。
口の中でもごもご言ったら、笑いながら俺の髪をクチャクチャにした。
「信用されてないのは僕じゃなくて中野さんか。だったら仕方ないね」
自分が信じてもらえないんだったら少しショックだけど、中野は日頃の行いが悪いから当然だって。
闇医者はくすくす笑ってそう言った。
「じゃあ、マモル君は今から少し寝て、中野さんが来る頃に起きようね」
その間、ずっとついてるから。
だから、安心して寝ていいよって。
そう言って俺の手を握ってくれた。
「でも、闇医者だって仕事が忙しいよね?」
困らせてばっかりで。
心配させてばっかりで。
なのに闇医者はいつだって優しくて。
「ううん。もう終わりだから。そんなこと気にしなくていいんだよ」
今日もやっぱり優しい返事をしてくれた。
「……ありがと」

そっと髪をなでる。
闇医者はお医者さんの匂い。
当たり前だけど。
でも、すごく安心した。

温かくて、優しくて。
これならちゃんと眠れるかもって思った瞬間、体から力が抜けた。


ずっとずっと。
こうしていられたらいいのに。
どこにも行かずに、このまま、ずっと……――――





どれくらい寝てたか分からないけど。
いきなり頭にパシって何かが当たって。
「……ぅ……ん……?」
ぼんやりしたままゆっくりと目を開けるとすぐそばに中野が立ってた。
時計を見たらまだ夕方の4時すぎで、外もぜんぜん明るくて。
普通ならまだ仕事をしてる時間だよなって思った。
でも、会社員のはずの中野はちゃんとそこにいて、面倒くさそうに俺を見下ろしてた。
「……中野?」
『もう仕事終わったの?』って聞こうとして口を開きかけたけど、その瞬間に闇医者が中野を怒った。
「中野さん、起こすなら普通に起こしてください。寝てる子をいきなり新聞で叩くってどうなんですか?」
言われて見てみたら、中野の手には夕刊が握られてて。
さっきの「パシッ」っていう音はそれだったんだなってぼんやり思った。
「マモル君も叩かれた時くらい怒っていいんだよ?」
闇医者にはそう言われたけど。
「うん……でも、痛くなかったから、別にいいかも」
っていうか、ホントはちょっと嬉しいかもって思ったけど、でも、それは言わなかった。
「……マモル君って中野さんに甘すぎるよね」
闇医者が呆れてそんなことをつぶやいて、それから中野の方を見たけど。
中野はやっぱり相変わらずで。
闇医者の文句も俺の返事もぜんぜん聞いてなさそうな顔で、脱いだコートを俺の枕元にバサッと置いてから、椅子に腰かけて新聞を広げた。
「じゃあ、中野さん。僕、ちょっとナースセンターに行ってきますけど、もうマモル君のこと叩いたりしちゃダメですよ?」
闇医者はそう言って新聞の隙間から中野の顔を覗き込んで、タバコをくわえてないのを確認してから、「ごゆっくり」と言い残してドアを閉めた。



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