Tomorrow is Another Day
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しばらくそのまま泣いてたけど。
少し経った頃に闇医者と院長先生が来て。
それに気がついた中野はスーツの襟元にくっついていた俺をムリヤリ引き剥がして立ち上がってしまった。
もうちょっとこのままが良かったのになって思ったけど。
顔を上げたら、みんながものすごく心配そうな目でこっちを見てたから。
「……なんか、大騒ぎになったかも」
ごめんねって言ったら、「謝らなくていいんだよ」って笑ってくれたけど。
「でも、もうぜんぜん大丈夫だし、なんともないから」
何度もそう説明して、バイバイって手を振って仕事に戻ってもらった。
闇医者は最後まで心配していたけど。
「でも、ホントに大丈夫だから」
「無理してない?」
「うんっ」
元気にそう返事をしたら、
「何かあったらボタンを押してすぐに呼んでね?」
何度も振り返りながら、やっと部屋を出て行った。


「……ぜんぜん大丈夫なのに、心配させちゃったなぁ」
もう誰もいなくなったけど、もう一回「ごめんね」って謝って。
それから、ちょっとだけ視線を動かして中野を見たら、なんだかものすごく不機嫌そうな顔で壁に寄りかかって立っていた。
「ね、中野」
本当は何時までここにいられるのか聞きたかったけど、そういう質問はどうせ答えてもらえないから、他のことを確認しようって思って。
「もうお兄さん帰っちゃったかなぁ?」
俺がつかまっていた時のことを調べてるくらいだから、きっと何か知ってるはず。

白井のこと、黄色い髪のこと。
無事だったのか。
今どうしているのか。
なんでもいい。
ほんの少しだけでもいいから。

「俺、ちょっと―――」
『聞きたいことがあるんだ』って言う前に、いきなり「駄目だ」って冷たい声が返ってきた。
「……まだなんにも言ってないのに……それに、すごく大事なことなんだけど……」
一生懸命頼んでみたけど、やっぱり「いい」とは言ってもらえなくて。
「じゃあ、中野が知ってたら教えて欲しいんだけど……えっと、二つあってね」
一気に白井と黄色い髪のことを聞いてみたけど。
中野は開けっ放しのドアから廊下を見ているだけで、ぜんぜん俺のほうを見てくれなかった。
「……知らないんだったら、仕方ないけど……すごく心配してもらったから、『ちゃんと助かったよ』って言いたかったのになぁ……」
なんだかすごくガッカリしてしまって、ちょっとだけ溜め息をついたら、中野がチラッと部屋の中に視線を戻してくれた。
本当に一瞬だったけど、目が合って。
その時にピピッと来た。
「……中野、もしかしてホントは知ってるのに教えてくれないの?」
なんでかわからないけど、「絶対にそうだ」って思って、ちょっとショックを受けてしまった。
でも、知ってても話したくないことだってあるかもしれないからって思い直して。
「じゃあ、俺、自分でお兄さんを探してくる」
もうずいぶん経ったから、帰ってしまった可能性が高いけど。
「受付の前にいるかなぁ。あ、車で来てたら駐車場かも」
そんなひとりごとを言いながら起き上がろうとしたら、中野にジロッてにらまれて。
ついでに「寝てろ」って怒られてしまった。
「でも、すごくすごく大事なことで、だから」
どうしても聞かないといけないんだ……って、もう一回中野に頼んで。
でも、返事を待ってる間もじっとしていられなくて。
また体を起こそうとしたら、中野は俺をベッドに押さえつけたあとで眉間にシワを寄せたまま部屋を出て行った。

「もしかして、中野、呆れちゃったのかなぁ。あのまま家に帰ってたらどうしよう」
急に心配になったけど。
一分もしないうちに中野はお兄さんと二人で戻って来てくれた。
「よかった。ありがと、中野」
だって大事なことだもんなって、一人でもごもご呟いたあと、お兄さんに「さっきはごめんね」って謝った。
「こちらこそ、すみませんでした。一瀬さんのお気持ちも考えずに」
そう言ったお兄さんはなんだかすごく申し訳なさそうで、悪いことしちゃったなって俺も反省した。
自分でも写真を見るまではぜんぜん平気だって思ってたんだから、お兄さんのせいじゃないのに。
それに、中野もちょっと優しくしてくれたから、本当はすごく嬉しかったし。
「だからね、ぜんぜんよかったのに」
思わずホントのことを言ったら、中野の不機嫌がさらにひどくなった。
一瞬、ヤバイってあせったけど。
でも、お兄さんの口元が一生懸命笑いをこらえてたから、大丈夫みたいだった。


さっきと同じようにお兄さんはベッドの脇に座って。
それから、今度は俺から質問させてもらった。
お兄さんは一通り俺の話を聞いたあと、
「そのお二人が一瀬さんの監視役だったんですね」
メモを取りながら、そう聞き返した。
「うん。っていうか、世話してくれただけなんだけど」
ご飯ももらったし、話相手もしてくれたよ……って説明して。
その間、中野はずっとなんにも言わずに腕を組んで壁に寄りかかってたけど。
なんだか怖い顔をしてたから、お兄さんはすごくしゃべりにくそうで、口を開くたびに後ろを気にしてた。
「まず、髪を黄色に染めている男ですが、少なくともこちらにご同行いただいた中にはそれらしい人間はいませんでした」
手元のファイルに入れてある写真を俺には見えないようにめくりながら、また中野を気にして。
「それって、つかまってないってことだよね?」
「そうです。病院に運ばれた中にもいませんでした」
お兄さんの話だと、ケガをした人も死んでしまった人も何人かいたみたいなんだけど。
少なくとも黄色い髪をしてる人はその中にはいなかったらしい。
「そっか……よかった。じゃあ、ちゃんと逃げたってことなのかなぁ」
お兄さんに「どう思う?」って聞いたら、
「多分そうでしょう。どうしてもということでしたら、何かわかった時点でまたご連絡しますが」
そう言ってくれたから、じゃあそれでいいやってことにした。
「もともと監禁場所で働いていた人間は幹部とはほとんど繋がりがない者ばかりですから、手がかりも少なく探すのは容易ではありません。あまり期待はなさらないでください」
そう言われたけど。
俺が知りたいのは『ちゃんと逃げたかどうか』ってことだけだし、それになんとなく大丈夫な気がしたから、その話はそれで終わりにした。
「えっと、次は白井のことなんだけど」
写真を持ってたくらいだから、ぜんぜん知らないってことはないはず。
そう思ったけど。
お兄さんはその時少し困った顔をして、でも、
「彼の身柄はこちらでお預かりしています」
それだけ答えてくれた。
「何してるの? 元気なの? なんでお兄さんが白井を預かってるの?」
なんだか慌てていろいろ聞いてしまったら、お兄さんがまた中野を振り返った。
中野はやっぱりなんにも言わなかったけど。
お兄さんは一人で小さく頷いてから、またこっちに向き直った。
「ご健康状態に問題はありません。今は一連の事件の捜査にご協力いただいていて―――」
そんな返事を聞きながら、お兄さんってやっぱり本当は警察の人なのかなとかいろいろ考えたけど。
「じゃあ、それが終わったら白井はどうなるの? 自分のうちに帰れるのかな」
なんだかすごく気になって、そう聞いた瞬間、お兄さんは俺から視線を逸らした。
ズキンって心臓が鳴って。
慌てて壁の方を見たけど、中野はやっぱり廊下を見ながら立ってるだけ。
ちゃんと聞いてくれたらいいのになってうつむいてたら、お兄さんが口を開いた。
「―――白井氏のこと、どう思いますか?」
慌てて顔を上げたら、ひどく深刻な目が俺を見てた。
「え……どうって?」
何を答えればいいのかわからなかったけど。
でも、一緒にいた時のことを話した。
どこで会って、どんな話をして、どういうところが好きだったか。
「そうですか。彼のしていたことが犯罪者への協力だとしても?」
それでも好きかと聞かれて。
「……うん」
そう答えた。
白井が悪いことをしてるっていうのは俺も薄々わかってた。
でも。
「白井、優しいんだよ。それにさ、すごく娘のこと大事に思ってて……」
『お姫様』って呼んでた。
すごく大切そうに、そう呼んで笑ってた。
「だからさ、」
もうきっとこんなこともしないって思うんだって言った瞬間、
「理由になってねえよ」
吐き捨てたのは中野で。
しかも、なんだかすごく怒ってた。
ぜんぜん聞いてないみたいな顔をしてたくせに、こんな時だけ答えなくてもいいのに。
「そうかもしれないけど……でもさ」
あれこれと理由を並べて返事を待ったけど、中野には「誰のせいで刺されたと思ってるんだ」って、ひとことで片付けられてしまって。
「でも、白井は俺に新宿に帰ったほうがいい言ってくれてたんだよ。けど、帰ろうとしてる日に他のヤツに捕まって……だから、それは白井のせいじゃないし、それに刺されたのだって白井は関係ないし」
中野と闇医者にバイバイを言ってからひとりで頑張ってこられたのも、白井が部屋においてくれたからだし、ちゃんとここに帰ってこられたのも白井のおかげだし。
「だから、白井は悪くないし、それに俺は白井のことすごく好きだし」
一生懸命頼んでみたけど、言えば言うほど中野の不機嫌は悪くなる一方で。
もう絶対にダメっぽかった。
仕方ないからお兄さんに頼んでみようかなって思って顔を見たけど。
俺と目が合ったら、すぐに黙って首を振った。
「……なんでダメなの?」
白井がこの先どうなるのかを決めるのはきっと中野なんだって。
それだけはなんとなくわかったけど。
肝心の中野は腕を組んで眉間にシワを寄せてるだけ。
それを見ていたら、なんだか泣きそうになった。
「だってさ、」
あんなに大事にしてて。
会いたくて会いたくて仕方ない人がいるんだから。
「会えたら、きっと嬉しいよ……だって、すごく大事な人なんだよ?」
俺だって中野に合えた時、すごく嬉しかったから。
白井だって娘に会えたらきっと同じくらい嬉しいだろうなって。
「だからさ」
白井だって、ひとつくらいすごくいいことがあったらいいのにって。
そう思うから。
「ね、中野ってば」
何度も頑張って頼んでみたけど、最後まで何の返事もしてくれなかった。
「……なんでダメなの? 中野は好きな人に会えて嬉しかったことないの?」
今まで一度でもあったなら、きっとどんなに嬉しいかわかるのに。
「ホントに嬉しいんだよ。すっごく、だって……それに」
言いたいことはたくさんあるのに、どうしてもうまく言えなくて。
悔しくてまたポロポロと涙がこぼれた。
「……だって……娘、すごく可愛いんだよ、それにさ」
なんで分かってくれないのって。
何度も聞いた。
泣きながら何度も何度も聞いて。
十回目くらいでやっと。
「わかりますよ」
そう答えてくれたのは中野じゃなくてお兄さんだった。
やっぱりすごく困った顔のままだったけど。
「……私も一瀬さんと同じで父親がいませんでしたから」
そんな言葉のあとで、子供の頃のことを話してくれた。
「母親の仕事が忙しくて、学校の参観日には一度も来てくれたことがなかったんです」
だから、はじめて来てくれた時に嬉しかったんだろうなって勝手に予想してたんだけど。
でも、返事は違った。
「母の代わりにいつも兄が来てくれました―――当時、高校生だったんですが」
学校をさぼって、スーツに着替えて。
「参観日のことなんて、一度も話したことはなかったんですが」
それでも毎回ちゃんと来てくれたのが子供心に本当に不思議だったって、少し照れくさそうに話してくれた。
「そうなんだ……いいなぁ」
俺が返事をしている間、中野はなんだかすごく不審な目でお兄さんを見てた。
それに気付くとお兄さんの方もちょっとだけ苦い笑いになって、
「―――今では面影もありませんけどね」
そんな言葉を付け足した。



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