Tomorrow is Another Day
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「中野さん、ご出張じゃなかったんですか?」
今日、ここにはいないはずの中野はやっぱりいつもと同じように不機嫌で。
「久世に呼び戻されただけだ」
すごく面倒くさそうにそう答えた。
それを聞いた闇医者は、「そうですか」って言ってたけど。
でも、なぜかクスクス笑ってた。
それから、
「ここ禁煙ですよ」
中野がくわえていたタバコを注意してから、また笑って。
「ついてねえだろ」
中野は少しふてくされたみたいな口調でそう答えたけど。
でも、タバコをシャツのポケットに戻した。

出張のはずだったのに。
中野の手には紺色の大きな袋。
金と銀のリボンがかかってた。
クリスマスの時に部屋にあったのと同じ色の……――――
「ようやく持ってきたんですね。渡す気がないのかと思いましたよ」
闇医者は思いっきり呆れてたけど。
「これってさ……」
つぶやいた瞬間、袋は俺の膝の上に投げ出された。
飾りつけもちょうどこんなで、大きさのわりには重くなさそうな感じまで全部同じ。
驚いて見上げたら、まるっきり俺が考えてることが分かるみたいに闇医者がにっこり笑った。
「開けてみたら?」
「でもさ……」
いいのかなって思ってチラッと中野を見たけど。
中野は相変わらずぜんぜん違う方を見てて、俺のことなんてすっかり無視してた。
「本当はクリスマスプレゼントだったんだけど、誰かさんがグズグズしてるから、すっかり遅くなっちゃったよね」
ちょっといたずらっぽい笑いが浮かんだ口元を見ながらも俺はまだこの状況が半分も信じられなくて。
「……ホントに俺が開けていいの?」
固まったままでいたら、
「マモル君のだって言ってるでしょう?」
闇医者に「早く」って急かされてしまった。
「……うん」
中野の横顔を見ながらそっとリボンを外して。
それから、袋を開けて半透明のビニールの中を覗き込んだ。
見えたのはクリーム色のふわっとしたもの。
「……ぬいぐるみだ」
それは、前に捨ててしまったヤツと同じような色合いで、本当にふかふかで。
一瞬、捨てないで取っておいてくれたのかと思ったんだけど。
でも、出してみたら前のとはぜんぜん違って、なんだかコロコロしてた。
アイツのはもっとずっとキリッとしてて、すごく頭が良さそうな犬だったんだけど……。
そう思っていたら、鼻歌と一緒に小宮のオヤジと患者モドキが入ってきて。
「お、いいなあ。ヨシ君からもらったんかい。どっから見てもマモルちゃんのだって感じだなあ」
いきなりそんなことを言った。
「……どうして?」
名前なんて書いてないし、なんで俺のだってわかるのか不思議だったけど。
「闇医者は分かる?」
聞いてみたら、当たり前みたいに「わかるよ」って言われてしまった。
「また俺だけわかんないんだ」
ちょっとショックかもって思ったけど、でも、それはすぐに闇医者が教えてくれた。
「これ、マモル君に似てるでしょう?」
ちょっと笑ってるみたいな顔の子犬のぬいぐるみ。
楽しそうで可愛いなって思ったけど、でも、俺に似てるかっていうと……。
「そうかなぁ……?」
子供っぽいって意味かもしれないけど。
それとも、キリッとしてないからかなぁ……
俺がまだ悩んでいるのに、隣では小宮のオヤジと患者モドキがすっかり納得してて。
「ヨシくん、ちゃんとマモルちゃんに似てるのを買ってきたんだなあ」
「どこで見つけてくるんだろうねえ」
みんなが似てるって言うから、俺もそうなんだって思うことにした。
ぬいぐるみは本当にとても可愛くて、だから「似てる」って言われてもぜんぜん嫌じゃないんだけど。
「でも、すごく子犬だよね? 人間にしたら小学校くらいだと思うんだけど」
同意を求めて、また笑われて。
「マモル君の弟だからね。マモル君より小さくないと」
「そうなの?」
思わず中野に聞いてみたけど、もちろん答えてくれるはずはなくて。
やっぱり闇医者が代わりに話してくれた。
「弟、欲しかったんでしょう?」
「うん」
中野が俺のために選んでくれたヌイグルミ。
「気に入った?」
みんなに聞かれて、思いっきり「うん」って答えた。
ふかふかで触るとふわんって溶けそうなくらいやわらかくて。
でも、ぎゅって抱き締めたら、ちゃんとここにいるんだなって感じがした。
「すごく気持ちいいかも」
「本当はマモル君がおじさんちに行く時に持たせるつもりだったんだよ」
新しい家だと慣れるまでは淋しいかもしれないから、って。
「うん」
可愛いねって闇医者が笑って。
俺はもう一回「うん」って頷いた。
それから、
「ありがと、中野」
ふかふかだよね……って。
思ったことをそのまま言っただけなのに。
言ってる途中でまたなんだか急に泣きたくなって。
どうしようって思ったときにはもう涙がこぼれてた。
「マモルちゃん、具合悪いんかい?」
小宮のオヤジが心配してくれたけど。
「……ううん……嬉しかっただけ」

一番泣いちゃいけない相手なのに。
なんで中野といるときばっかり涙が出るんだろうって思ったけど。
でも、中野はもう俺が泣いても怒ったりはしなくて。
ただ、その間ずっとぜんぜん違う方を向いていた。

「ほら、中野さん、何か言ってやらないと」
患者モドキに催促されても中野はやっぱりなんにも言わなかったけど。
俺はその時、もうわんわん泣いてて。
「……中野、俺がぬいぐるみ、欲しかったって……ちゃんと……」
覚えててくれたんだねって。
それだけなのに、ぜんぜんちゃんと言えなくて。
そしたら、中野はまたすごくイヤそうな顔をして、
「いちいち泣くんじゃねえよ」
ちょっとため息をついてたけど。
「だって」
その後、本当に何にも言えなくなったら、中野はもっと眉を寄せた。
それでも怒ったりはしなかったけど。
でも、しばらくしてから。
「―――……あと、頼む」
闇医者にそう言い残して、さっさと部屋を出て行ってしまった。



パタンってドアが閉まって。
「もう……中野さんはそういうところがダメなんだよね。マモル君、今からでも考え直した方がいいんじゃないの。もっと優しい人だって世の中にたくさんいるんだから」
闇医者の呆れたような声が響いたけど。
「マモルちゃんはそれでもヨシくんがいいんだよな?」
オヤジが笑って俺の頭を撫でたから。
「……うん」

誰に聞かれても。
なんて聞かれても。

「俺、中野が、いい」

だって。
もう好きになっちゃったんだから。
どうしようもないくらい好きになっちゃったんだから。

そう言ったら、闇医者が「仕方ないね」って困った顔になって。
オヤジが「ヨシくん、幸せだねえ」って笑って。
それを聞きながら俺は泣き続けた。
「それにしても、ヨシくん、よっぽどマモルちゃんに泣かれるのが嫌なんだなあ」
小宮のオヤジはのんきにお茶をすすりながら、中野が出て行ったドアを見ていた。
「だったら、今度中野さんが冷たくしたら思いっきり泣いてみたらいいんじゃない?」
そしたらきっと何でもしてくれるよ、って闇医者がちょっと笑って。
それもなんだかすごく楽しそうだったんだけど。
「……でもさ」
中野の困った顔なんて見たくないよって言ったら、
「たまには中野さんのこと少し困らせた方がいいと思うよ。マモル君が中野さんのすることなら何でも許しちゃうから、いつまで経ってもあんななんだから」
思いっきりわがままを言っちゃえばいいのにって。
闇医者が真剣な顔をするから。
「ひどいなあ」
オヤジは呆れてて。
「香芝先生、実はけっこう小悪魔だったりしませんか?」
患者モドキも笑ってた。

その後もみんなして一生懸命宥めてくれたけど、涙はずっと止まらなくて。
もらったばかりのぬいぐるみは少しだけ湿っぽくなってしまった。






それからの毎日はあっという間で。
でも、中野はまた仕事が忙しくなって。
「今度は本当に当分来られないって」
「つまんないの。あとちょっとしかないのにな」
退院まで一週間。
そう聞いていた。
だから、少しだけ愚痴をこぼしてしまったら、闇医者が「じゃあ、中野さんの代わりにね」って言ってぬいぐるみをタバコの煙でスモークしてくれた。
「中野さんの匂いつきならよく寝られるでしょう?」
抱き締めたら、本当に中野の匂いがして。
「……わー、いいかも」
それ以来、仔犬のくせにタバコの匂いがする不思議なぬいぐるみになった。
「ね、中野は仕事が忙しくて体こわしたりしないのかな」
カゼ引いてたこととかないよなってちょっと思って聞いてみたんだけど。
「マモル君はとにかく自分の心配をしないとね」
闇医者はそう言って看護婦さんが用意してくれた朝食のスプーンをムリやり俺に持たせた。
ようやく何を食べても吐かなくなって、食事も楽しくなってきたけど。
隣りでは看護婦さんが笑いながら周りを片付けてくれていて、ついでに、
「病院にいる間にもう少し体力をつけて太らないとダメよ。この子くらいふくよかになるといいんだけど」
仔犬のヌイグルミをなでながらそんなことを言った。
「だって、俺、あと少しで退院なのに急にこんなにコロコロにはならないよね?」
ケガはもう落ち着いていて、院長先生からも「たまに経過を見せに来ればあとは自宅療養で十分だよ」って言われてからけっこう経ってたけど。
でも、事件のことが落ち着くまではここで過ごすようにって、退院だけがのびのびになってた。
それが急に変わったのは昨日の夜のこと。
「思ってたより早く一区切りついたみたいだから」
一週間後には退院できるって言われて。
もう俺も気持ちの準備ができてたから、ただ「うん」って答えた。

このあとは新しい生活。
少しさみしいのはどうしようもないけど、でも、それは俺が頑張れば済むことだから。
「……あと、もう一回くらいは中野にも会えるのかな」
その時、闇医者は「退院の日には来てくれるよ」って言ってたけど。
中野はそのあと一度だけ病院にきてくれた。
面会時間なんてとっくに過ぎた真夜中に。
看護婦さんに「今回だけですよ」って怒られながら病室に入ってきた。
いつもと同じ。
ここに来たからって、何かするわけでもないんだけど。
「あのさ……ヌイグルミ、ありがと。今、名前考えてるんだ。一応、弟ってことで男の名前にしようと思ってるんだけど……名前ってさ、一個しかつけられないから決めるの難しいよね?」
もう一回「ありがとね」って言ったら、中野の大きな手が俺の視界を塞いだ。
「わかったから、早く寝ろ」
何度来ても、中野はやっぱり無愛想で面倒くさそうなんだけど。
「……うん」
目を瞑って、その手の温度を感じながら。
そんなふうに眠るのもそれが最後になった。



それからもいろんな人がお見舞いに来て。
その中にはおじさんもいて。
「娘も一緒に遊んでもらえるって楽しみにしているからね」
幼稚園に行ってる娘のこととか、新しい学校のこととか。
本当に普通に話すようになって。
だから、なんとなくうまくやって行けそうな気がした。
もう中野にも闇医者にも、他のみんなにも心配なんてさせないでやっていかれるなら、きっとそれが一番いい。

「うん。俺も楽しみだな」

大丈夫。
きっと大丈夫。
中野との約束も守れるから。
一人でもちゃんとやって行かれるから。


平穏な毎日。
少しずつ楽しいことも増えて。
静かに時間は流れて行く。
中野はあれからずっと出張で遠くに行ってて、もう来ることはなかったけど。
でも、不思議なくらい穏やかな気持ちで退院の日を迎えた。



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