朝一、北川に紹介された客と待ち合わせてホテルに行った。
「なんで朝一なんだろう」とか「コイツって仕事してないんだろうか」とか、いろいろ思うことはあったけど。
会ってみたらどうってことのない普通のオヤジだった。
スーツ姿でサラリーマン風。たぶん、40ちょっと前くらい。背も高くてそこそこカッコいい。
俺の背丈を見て「可愛い」を連発してた。
……つまりは「チビ」ってことなんだけど。
「朝ご飯は食べた?」
聞かれて首を振ったらメシを食わせてくれた。
いいヤツかもしれないと思った。
「バイトは何曜日? 今度は君がいる日に行くよ」
そんな普通の会話から結構エッチな話までいろいろして、シャワーも一緒に浴びて、ベッドに入った。
見た目もまあまあだし、優しいし。モテそうなタイプに見えたんだけど。
「うあ……っ」
どうやら男相手っていうのに慣れてないらしくて、ハッキリ言ってヘタだった。
おかげで久しぶりに「うっ」って感じを味わってしまった。
最近、北川としかヤッてなかったから、相手がヘタかもなんて思わなかったし。
思い切り油断してた。
ちょっと反省。
「じゃあ、また」
オヤジは機嫌よく帰っていったけど。
「俺、もうヤダなぁ……イタタっ」
でも、よく考えたら痛いなんて言ってられない。次のバイトまでに治さなきゃいけないんだ。
「あ〜、もう、面倒くさいなぁ……」
一人で文句を言いながら、また闇医者のところへ行った。
これで二日連続。なんとなく通院してるみたいだ。
病院モドキは『診療所』なんて呼ばれてるけど、看板も何も出てないボロビルの一室にベッドがいくつか置かれて、それぞれがカーテンで仕切られてるだけだ。
一応、待合室と言われている小部屋と診療用の部屋があるけど、病院って感じではない。
しかも、鍵付きのキャビネットに入ってる薬品の類はどこから手に入れているのかもわからないという怪しさ。
まあ、手当てさえしてもらえれば、そんなことはどうでもいいんだけど。
「あれ、マモル君? 今日はどうしたの?」
闇医者はいつ行っても愛想よく迎えてくれる。
「あのさ、軟膏とかある?」
それだけで事情を察してくれた。
でも、闇医者はちょっと怒ってた。
「北川さんの紹介なの? 怪我をさせるようなお客さんの相手も断われないのかな?」
「だって、ヤルまでヘタかどうかなんてわかんないじゃん」
わざとじゃないんだから、怒っても仕方ない。
なのに、闇医者は。
「そうだけどね」
そう答えてもまだ怒ってた。
「でも、なんで客だってわかったの?」
「相手が中野さんや北川さんなら、そういうことはなさそうでしょう?」
遊んでるからってことなんだろうけど。
北川はともかく、中野はどうだろ。
うまいとかヘタとかの問題じゃなくて、ちょっと乱暴だもんな。
「じゃあ、マモル君。ベッドに上がって」
闇医者がベッドの周りのカーテンを引いて、痛い場所を看てくれた。
「よかった。そんなに酷くはなさそうだね」
軟膏を塗るだけなら自分でもできそうだけど。
あんまり忙しくなかったせいか、闇医者が全部やってくれた。
さすがに闇医者の指だとエッチな気分にはならない。
まあ、手術の時みたいな手袋してるしな。おかげで患者気分満喫。
「痛い?」
塗りながら確認をしてくれたけど。
「ううん。気持ちいいかも」
そう答えたら笑われた。
「ね、それよりさ、中野の恋人ってどんな人?」
他に話すことも思いつかなかったから、また聞いてしまった。
闇医者は今日もちょっとだけ困った顔をした。
「前に話した通りだよ。すごく普通の子」
それは聞いたけど。
「でも、美人なんだよね? 性格は?」
俺の質問に闇医者が困ってたら、小宮のオヤジがカーテンの隙間から顔を出した。
「見た目がベッピンさんだっていうだけで、性格まではちょっとわかんないねえ。ヨシくん、絶対紹介してくれないからさあ」
俺はぜんぜん気にしないで小宮のオヤジを見上げたんだけど。
医者はカーテンを引き直してオヤジを締め出した。
「紹介してくれないのに、なんで恋人ってわかるの?」
一緒にいるだけの相手なら、中野にはたくさんいる。
コイビトかどうかなんてわからないのに。
「そりゃあ、彼氏に決まってるよなあ。もう何年も付き合ってんのに、誰にも紹介しないっていうだけで十分だろ?
箱入りなんだよ、ハコイリ」
カーテン越しのオヤジの言葉に闇医者も頷いた。
「そうですね、もう10年くらい経つかな」
「へ??」
その言葉がピンとこなかった。
10年って何だよ……?
っていうか、なんでみんな中野の10年前なんて覚えてるわけ?
「そういやあ、あの子が学生の時はヨシくんと一緒に住んでたよな?
まだ同棲してるんかい?」
しかも、同棲??
「してないと思いますけど」
闇医者がチラッと俺の顔を見たから、俺はふるふると首を振った。
部屋にはたくさん荷物があるけど、俺はまだ一度も会ったことがない。
ってことは、もちろん一緒に住んでるわけではないよな??
まあ、俺が知らない間に来てるのかもしれないけど。
「そいつ、キレイ系? 可愛い系?」
中野の遊び相手はみんな美人系。オミズな感じだけど、まあまあキレイなヤツばっかだ。
「キレイっちゃあ、キレイだよなあ。でも、笑ってるとこなんか本当に可愛いんだよ。男でもオッケーな奴なら、すぐにでもヤッちゃうよなあ」
なんでみんなしてオヤジな表現するんだろ。
まあ、小宮のオヤジはホントにオヤジだから仕方ないけど。
「高校生の頃を知ってるから、僕は可愛いって印象が強いですけど。今はもうすっかり社会人らしくなりましたよね」
ちゃんと考えて答えてくれるから、闇医者の言うことが一番アテになりそうだ。
「じゃあ、ここの患者で言うと誰くらい?」
北川の店のヤツとかも来るし、ここの患者はけっこう見た目がいいヤツが多い。
なのに。
「う〜ん……こう言ったら失礼なんだけど、あの子に勝てる人はこの辺にはいないかな」
真面目に言われてしまった。
ってことは、相当すごいんだ。
「いない、いない。上品だもんなぁ。ありゃあ、きっといいトコの坊ちゃんだな。この辺のチャラチャラした奴と比べるのが間違ってんだよ。じゃなきゃ、あのヨシくんが10年も付き合うわけないって」
今は確か24才。10年前は14じゃん。
「10年前って、そいつ、まだ中学生じゃん」
「高校一年生だったと思うけど? 中野さんもまだ大学出たばっかりだったし」
そんな中野も想像できないけど。
「でも、俺、中野とそいつが一緒のところなんて見たことないけどな」
最近はマンションに来てないんだろうか。
「当たり前だって。マモルちゃんがうろうろするような裏通りなんて歩かないんだよ。たかが夕飯だってあの子に合わせてまともな店にしか入らないっていうのにさ。ホテルでディナーなんてこともあったよなあ?」
とにかく全てが「え??」って感じだった。
だって、あの中野が。
コイビトとホテルでディナー?
二人で向かい合って何を話したり、笑いかけたり??
気になり始めたら、どんどんいろんなことが気になって止まらなくなった。
「……あのさ、中野の部屋にヌイグルミが置いてあるんだけど、それってやっぱりコイビトのかな?」
闇医者やオヤジがそんなことまで知ってるわけないかって思ったけど。
俺の予想に反して小宮のオヤジが「ああ、それな」って簡単に答えた。
「そう言えば、ヨシくん、あの子が高校の時にヌイグルミ買ってあげてたよなあ。大きな犬の」
……それだ。間違いない。
「良く覚えてますね、小宮さん。そんなこと、すっかり忘れてましたよ」
ってことは闇医者も知ってるんだ。
「だってなぁ、笑っちゃうだろ。あのヨシくんが犬のヌイグルミだよ?」
ホントだよ。
……俺は笑えないけど。
「なんでヌイグルミなの?」
「ヨシくんが出張かなんかの時、『淋しい』って言われて買ってあげたんだっけなあ?
詳しいことは忘れちまったけど、まだ付き合い始めの頃だったよ」
オヤジは呑気に「懐かしいねえ」なんて笑ってたけど。
高校生の男にヌイグルミ??
あの中野が?
そんなことするんだ。
「クリーム色の奴だろう?」
「うん。ちょっと部分的に変色してきたけど。それに、なんか首のところだけちょっとハゲてるんだけど」
それについても、首輪をしてたんだろうって勝手に思ってたんだけど。
「ああ、首ね」
闇医者が急に何かを思い出したように口を開いた。
しかも、ちょっと笑ってた。
「前に一度、中野さんのマンションにあの子の往診に行ったんだけど、その時、ヌイグルミが中野さんのネクタイをしてたんだよね。そのせいじゃないかな?」
「ネクタイ??」
しかも、中野の??
俺には「?」の嵐だったけど、小宮のオヤジが何か思い出して「ああ」と頷いた。
「そういやあ、ネクタイ結ぶ練習してたって言ったっけなあ」
「中野が??」
「ヨシくんじゃなくて美人の彼氏が。ヨシくんにネクタイを結んであげるとかでな」
そしたら闇医者も「ああ、それで」なんて頷いた。
「そう言えば中野さん、一時期ネクタイがうまく結べてなくて、聞いたら結んでもらったって言ってましたよね」
「曲がってるって言っても結び直さなかったもんなあ」
なに、それ??
ホントに中野の話??
そりゃあ、大学出たばっかなら22、3のお兄さんだろうから、あの中野にだってそんな時代があったりするのかもしれないけど……
でも。
もう、すべてが「なに、それ?」って感じで。
俺の想像力は全然ついていけてなかった。
「コイビトくんも今じゃ大きな会社のエリートサラリーマンだもんなあ。会社、すぐそこだから。そのうちにばったり会うかもしれないぞ、マモルちゃん」
「……近くなんだ?」
それを聞いたら、どうしてもどんなヤツなのか見てみたくなった。
中野と二人でいるところは、できれば見たくなかったけど。
ライバルがどんなヤツかは、やっぱし気になる。
「顔が見たいなら今から連れていってやろうか? 急げば間に合うだろ」
小宮のオヤジが鼻歌を唄いながら上着を羽織った。
ひとごとだからってすっごく楽しそうだ。
……いいよな、気楽な人生で。
「ほら、マモルちゃん。パンツはいて」
「もう、はいてるよ」
なんだか心臓がドキドキしてた。
急かされて向かった先は、あるビルの前。
「ここがその子の働いている会社」
駅からはちょっと離れてるけど、まだ新しいキレイなビルだ。
入り口から受付が見えた。制服姿の女の人がお客を案内している。
まるっきりドラマみたいで、ホントにまともな会社って感じだった。
「12時からお昼だから、もうすぐ出てくるぞ」
怪しまれないように隣りのビルの前で待つことにした。
「でもさ、たくさん人が出てきたら分からないじゃん」
なのに小宮のオヤジからは余裕の笑いが返ってきた。
「すぐわかるよ。『とびきりのカワイコちゃん』って思いながら探してみなって」
「うーん……」
それだけでホントにすぐわかるの??
12時を回るとビルからバラバラと人が溢れてきた。
みんなスーツで普通のサラリーマンで。
こんなところから、顔も知らない奴を探せるなんてとても思えなかったんだけど。
「とびきりのカワイコちゃん、とびきりの……って、普通の人ばっかじゃ……」
そう思った瞬間、目に止まった。
「うあっ?」
目の前を数人のサラリーマンと通り過ぎる。その笑顔から目が離せなくなった。
「当たり。さすがだなあ」
紺のスーツ。青いシャツ。紺とブルーのチェックのネクタイ。それから、メガネ。
どっちかって言わなくたって地味なカッコなのに、みんなが言う通りものすごく人目を引いた。
「で、マモルちゃんの感想は?」
オヤジ、ここで俺に意見を求めるわけ??
「うー……なんか、人生終わったカンジ」
あまりにも聞いていた通りだった。
ううん、それ以上かも。
そりゃあ、俺と比べたらずっと年上だし、大人っぽいし。
「かわいい」っていうのとはちょっと違うかもしれないけど。
なんだかすごく華やかで、メガネのせいかもしれないけど頭も良さそうだった。
「……中野って、ああいうのがいいんだ……」
隕石に当たったくらいの感じで俺はグシャッと潰れてしまった。
「ヨシくんじゃなくてもああいう子がいいよなあ」
そりゃあ、そうだよな。
ものすごくまともな生活してるヤツだって、あんな恋人はなかなかできない。
「高嶺の花ってところだねぇ」
「……ホントだね」
なんだか玉砕。
勝てる見込みのない相手じゃ、頑張る気になれないもんな……
そんなわけで。
俺のユウウツは10倍に膨れ上がってしまった。
ズドンと落ち込んだ俺に小宮のオヤジが昼飯をご馳走してくれたけど。
そんなことくらいで立ち直れるほど軽いショックじゃなかった。
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