Tomorrow is Another Day
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「お帰り、マモル君」
俺の浮かない顔を見て、闇医者が微笑んだ。
「美人だったでしょう?」
俺が落ち込んでるのに、そんなこと確認しなくてもいいじゃん。
「……うん」
けど、本当のことだから仕方ない。
「マモル君にもきっとすぐにいい人が見つかるよ」
慰めてくれるんだけど。
それって、中野はダメだから諦めろってことじゃん。
闇医者って正直だよなぁ。
まあ、俺だってアイツに勝てるとは思ってないけどさ。
「……でも、俺、コイビトいたことなんてないもんなぁ」
今までのこと、いろいろ思い出してみたけど。
それっぽいことなんてナンにもなかった。
「なんだマモルちゃん、一度も付き合ったことないんか?」
小宮のオヤジがびっくりしてた。
「俺が勝手にコイビトだって思ってたことはあるけど。金がなくなったらすぐに追い出されちゃった」
それでも最初は楽しかったんだよな。
一緒にご飯食べたり、遊びにいったりして。
俺、ずっと好かれてるって思ってたから、そいつに彼女がいるなんて考えもしなかった。
「な、闇医者、」
「なに?」
「俺って何がダメ?」
聞いてみたけど。
「どこもダメなところなんてないよ」
闇医者はニッコリ笑ってそんな返事をしただけ。
「じゃあ、なんでダメなんだろー……」
中野だって俺には冷たいし。乱暴だし、口利いてくれないし、美人のコイビトがいるし。
もう全然ダメ。
「いろいろね、うまくいかない時もあるよ」
闇医者が笑いながら俺の頭を撫でた。
子供扱いは好きじゃないけど、落ち込んでる時はちょっと嬉しかったりする。
……俺って勝手。
でも、闇医者はきっと本当に俺のことを心配してくれてると思うから。
「闇医者、恋人いるの?」
俺の質問にもただ笑って頷いた。
そうだよな。こんなに優しいんだ。恋人くらいいるよな。
「じゃあ、マモル君も恋人を作ってみたらいいんじゃないかな? とりあえずは友達よりもちょっと仲がいいくらいの人で、年が近くて話も合いそうな人。すぐに寝たがるような人はダメだよ?」
カルテを見ながら、それっぽい人を探してくれてるみたいなんだけど。
「そんな簡単に言わないでよね」
俺に声をかけてくるのなんて、オヤジばっかりだ。
年が近いのはバイト先のヤツだけだから、彼氏って雰囲気じゃないし。
第一、俺のこと好きになってくれないとどうしようもない。
「そう言えば俺って友達もあんまりいないんだよなぁ……まず友達作らなきゃダメってこと?」
そうつぶやいた時、今日も来ていたイレズミのお兄さんと目が合った。
いつもは笑って聞いてるだけなんだけど。
「いきなりカレシでも別にいいんじゃないのか?」
今日は話に加わった。
「でも、その方が難しくない? 俺、二言目にはガキとか子犬とか子猫とか言われちゃうのに。あんまりよく知らない人が俺のことコイビトにするはずないよ」
子供っぽいとダメだよなって最近真剣に思ってたから、ちょっと愚痴っぽくなってしまった。
こんな話聞かされるの、きっとイヤだろうって思うんだけど。
お兄さんは面白いらしくてくっくっと笑ってた。
「それは『可愛い』ってことなんじゃないのか?」
慰めてくれてるんだとは思うけど。
笑いながら言われてもなぁ。
「イヌとかネコとか恋人にするヤツなんていないよ」
キリッとスーツなんて着てるアイツを思い出してまた落ち込んだ。
「俺、もう帰ろうっと」
闇医者がカルテをしまいながら俺を見送った。
「また、遊びにおいで」
「ありがと」
なんだかどんどん落ち込んで、どっぷり憂うつなまま公園に戻った。


やっと中野が通りかかったのは、それから5、6時間後。
相変わらず黙って通り過ぎる。
闇医者が言ってた通り、なんだか忙しそうに見えた。
もちろん誰かを連れて帰って来たりはしなかった。
「おかえりー…」
後姿が消えてから、こっそりつぶやく。
前はこんなことでも楽しかったのに。
なんで楽しいままでいられないんだろう。
中野を見るたびにアイツのことを思い出して。
ついでに俺なんか絶対勝てないってことまで思い出してしまうから。
どうやっても楽しい気分になれないんだよな。
「……もう寝ようかなぁ」
これからのことを考える。
ぼんやりと明日になって。
すぐにパーティーの日になって。
また知らない誰かと寝て。
同じことの繰り返し。
いいことなんてなんにもなさそうだ。
「でも、バイト代が入ったら中野に預かってもらおうっと」
それだけが今の楽しみ。
「中野、少しくらい口利いてくれるかなぁ……」
いい反応は期待できないけど。
後ろ姿に話しかけるよりはきっと楽しいよな。



パーティー当日、俺は予定の時間より早く事務所に来るように言われていた。
「じゃあ、マモ。大事な客だからな。ちゃんと愛想よくしておけよ?」
北川は一度俺の服を全部脱がせて、キスマークとかその他もろもろの痕がないかを確かめてた。
「大丈夫だって」
「ウリなんて始めたばっかりで慣れてないって顔してろよ?」
今日はなんだか注意事項が多い。
「嘘つけってこと?」
「バカ、ヘタなんだからそれくらいの言い訳しておけってことだよ。途中で客が帰ったりしたら、バイト代は無しだからな?」
「うん。でも、嘘つくのやだなぁ……」
「それくらいなら嘘の範疇に入らないって」
「そうかなぁ」
イマイチ納得はしてなかった。
けど、「慣れてないんです」って言わなきゃ嘘ついたことにはならないからいいやと思うことにした。
「じゃあ、ちょっとだけ練習な?」
その後、やっぱり北川は「最終確認」と称してエッチくさいことばっかりして。
「キスとフェラだけでいいからな。勝手に達くなよ?」
「ふえ〜い」
そんなことにもすっかり慣れてしまった自分が嫌だった。


一時間後、北川のオッケーが出てから、用意された服に着替えた。
今日はものすごく普通の格好だ。
長袖のTシャツと細身のブラックジーンズ。普段着にしても全然おかしくない。
「準備できたか?」
着替えた俺をまた上から下までチェックした北川は髪まで軽くムースで流してくれた。
「カッコイイ人がいいなんて贅沢は言わないけどさ、あんまりヘタなヤツとはしたくないなぁ……」
この間のことは北川にも報告していたから、俺の言う意味はわかったみたいで。
「まあ、今回は大丈夫だろ」
あっさりと保証してくれた。
でも。
「だからって油断してないで、上手くリードしてもらえよ。ちょっと持ち上げてやれば気持ちよくやってくれるタイプだから」
それもあんまりピンと来なかったんだけど。
「うん」
まあ、なるようにしかならないもんな。
深く考えないようにしようと思っていたら、またまた注意事項が飛んできた。
「けど、あんまりウサギちゃん顔してるとわざと酷くされるかもしれないから、その辺はほどほどに頑張れよ」
それって、どういうことなんだろう?
ウサギちゃん顔ってどんな顔?
「俺に分かるように説明してよ??」
頼んでみたけど、あっさり却下された。
「マモはおバカだから説明しても分からないって」
……嫌なヤツ。


その後も北川にいろいろ注意されながら一緒に店に行った。
「じゃあ、俺は奥の部屋にいるからな。滞りなく終わったら、事務所に戻って来いよ?」
「うん。じゃあ、またねー」
俺の返事に笑いながら、北川は姿を消した。
店の中をグルッと見回す。みんなわりと普通のカッコをしてた。
「マモルもバイトなのか?」
声をかけてきたのは同じ曜日に店でバイトをしてるヒロキ。
他にも顔を知ってるやつがいて、結構すんなり溶け込めた。
「な、どんな感じなの? 大変じゃないの?」
いろいろ聞いてみたけど。
「大丈夫だよ。今日みたいな金持ち限定の時はそんなにガッついたヤツはいないから」
ヒロキはもう何回もこんなパーティーに来てるらしくて、わりと詳しかった。
「ふうん」
そう言えば北川が「カモの群れ」って言ってたっけ。
「おかげで上手いヤツはあんまりいないけど、大人しくリードされてくれるから自分の都合でコトが運べて結構楽だよ」
「そうなんだ」
でも、俺はまだ「研修」扱いだから今日の相手は一人だけ。
北川には「うまくできたら次もバイトに来ていいぞ」って言われてた。
そんなわけで注意事項を思い出しつつ頑張らないといけなかった。
「あ、でも」
さっき聞いたばっかりなのに、もうあんまり覚えてなかった。
これじゃバカだって言われても仕方ない。
「うーん……ダメじゃん、俺」
反省してる最中に話しかけてきたヤツがいた。
「キミがマモル君?」
たぶん、こいつが今日の相手。
「うん。もしかしてオーナーの言ってたヒト?」
見た目はわりとまともそうなヤツだった。
「そうだよ。おいで」
すぐに個室に連れてかれて、速攻ヤラれるのかと思ったけど。
まずは俺の顔をじっと見て、飽きたら髪を撫でてみて、それにも飽きた頃にキスをするくらいののんびりムードだった。
しかも。
「あんまり慣れてないって言ってたけど、本当なんだね」
まだキスしかしてないのに、いきなりそう言われてしまった。
それってヘタってことだよな。
「もっと練習してくればよかった……」
うっかり口に出したら笑われた。
「下手じゃないよ。でも、僕に任せてくれないかな?」
もちろん俺は頷いた。
任せられるよりはずっといいもんな。
年齢も職業も不詳な感じのそいつは、別に乱暴でもなくて、全部がまあまあ上手かったけど。
耳や首筋なんてところだけじゃなくて、本当に体の隅々まで舐められてちょっと固まってしまった。
「どうしたの? 緊張してる?」
緊張っていうか、どうしていいかわからないだけなんだけど。
「可愛いね。北川さんが言ってた通りだ」
北川、こいつに何て言ったんだろう。
「じゃあ、後向いて四つん這いになって」
任せるってことになったんだからちゃんと言われた通りにしたけれど。
そのあと、変なところまで舌で解されて。
「う〜……くすぐったいーっ」
もちろん北川の指示でものすごくキレイに洗ってきてたけど。
「あ、んんっ……舌なんか入れないでよっ……」
初めてのことばっかしで、本番前にどっと疲れてしまった。
なのに、やる時だって。
「ほら、こっち向いて。ちゃんと見えるように開いてごらん?」
子供扱いなわりにはキワドイことばっかりさせて、結局、時間ギリギリまで遊ばれた。
「どう? 気持ちよかった?」
ついでに帰り際に感想まで聞かれたりして。
「……うん。でも、ちょっと疲れた」
正直に答えたら、また笑われた。



終わった後、約束した通り北川のところに戻って金を受け取った。
それが、いきなり10万で。
「ホントにこれ俺の? いいのかな。こんなにもらって」
確かに3時間ずーっとわけのわかんないことをさせられたけど。
実際挿れられたのは2回だけ。それに俺は一回しか達かせてもらえなかったから、それほど疲れなかったし。
後は舐められたり、エッチなことを言わされたりしてただけだ。
「いいんじゃないのか。客がマモにつけた値段なんだから」
北川は相変わらず俺を撫で回しながら笑ってたけど。
「マモがあんまり可愛いから欲しいって言われたんだけど、どうする?」
どうするって、なに??
なんて答えたらいいのか分からなくて、それには触れずに質問を返した。
「さっきのヤツと話したの?」
「ちょっとした知り合いでね」
「どんな知り合いなの? 友達?」
それには答えてくれなかったけど。
代わりに俺を抱き寄せて、思いっきり舌を入れてキスをしてきた。
「うー、んんんっ」
抗議の声を発したら、北川はくっくっと笑いながら俺を解放した。
どうやら機嫌がいいらしい。
「マモはまだ若いから、それだけでいいって言う客は多いんだよ。ぴちぴちの10代。しかも擦れてないおチビちゃんなんて絶対こんなところで働いてくれないからな」
「俺、スレてないかなぁ……?」
ウリなんてやってる時点でダメだと思うんだけど。
「擦れてないよ。態度も素直。身体の反応はもっと素直」
それって、スレてないって言わないじゃん。
北川の目がエロエロ光線を放っていた。
「二回やって、後は話してただけなんだろう?」
そうだけどさ。
「しかも、マモは一回達っただけ。物足りないんじゃないか?」
そうかもしれないけど。
「ここに泊まりなって。お手当て弾んでやるよ」
こう言う時だけ優しい声。
「いくらもらえるの?」
金そのものが欲しいとは思わなかったけど。
でも、たくさんもらえば中野だって預かってくれるかもしれないって思ったから。
「1時間で5万」
う〜ん……どうしよう。
5万もらったら、しばらくは変なバイトはしなくて良さそうだし。
バイト代の10万と合わせたら、15万。中野だってきっと預かってくれる。
「でもなぁ……オーナーいろいろするし……」
1時間もやったら死にそうになるくらい疲れるんだよな。
「そういう素直な返事が憎たらしくて可愛いよ」
まだ、はっきり「うん」って言ってないのに。
いきなり抱きすくめられてしまって身動きができなくなった。
「う、んんんんっ、」
こうなったら、やだって言ってもどうせ聞いてくれない。
「無理はしないから大丈夫だって。今日はここでいい子にしてな。明日の午後にはご出張中の中野が帰ってくるし、それまでゆっくり休んでろよ」
俺と中野がそんな関係じゃないってことを北川は今でも知らない。
だから誤解はそのままにしてた。
そうじゃなかったら、北川の好きにされて、売られて、ボロボロになってポイって捨てられて終わりって感じだから。
まあ、いいか。
公園で寝るよりはずっといいし、シャワーも使い放題だし、何より安全だ。
「でも、ガマンさせるのとかはなしだよ」
俺のリクエストを北川はさらっと聞き流して、その場で服を脱がせた。
中野に預ける金を作るために、何もここまでしなくてもいいんじゃないかって自分でも思ったけど。
今更考えても仕方ないので、そのまま流すことにした。


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