Tomorrow is Another Day
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しばらくそうしていたけど、待合室から患者モドキが呼ぶ声がしたので、そっと闇医者から離れた。
「マモル君、大丈夫?」
「うん。もう平気。ありがと」
ジャマにならないように診察室から病室に移動して、ベッドに横になった。
昨日はちゃんと寝たはずなんだけど寝転んだらなんとなくダルく感じた。
「どうせやることないし、寝ちゃおうかなぁ……」
そう思って目を閉じてみたけどすぐには眠れなくて。
結局、ゴロゴロしながら天井の染みを数えてた。
「39、40。ふあ〜。眠い。45、46……退屈〜。お昼、何にしようかなぁ……」
一人で話してたら、岩井の友達が俺を見て笑った。
「おまえ、毎日何しに来てるんだ? ヤク中なのか?」
ヤク中って……? 俺、どこかおかしいのかなぁ。
「ううん。今日はヒマつぶし。あ、昨日もヒマつぶしだったけど」
そこまで答えたけど。
よく考えたら寝転がったままだし。
それもどうかと思って、ダルかったけど反動をつけて起き上がろうとしたら、いきなりベッドから転げ落ちた。
「うあ……ってー……」
ベッドの上に置いてあった財布や紙袋まで一緒に落ちたから、音を聞きつけて闇医者が走ってきた。
「鈍い奴だな。ほら、しっかりしろって」
岩井の友達はイマイチ目つきが悪いんだけど、ホントはきっといいヤツなんだろう。
自分でもケガをしてるのに俺を起こしてくれた。
「なんでそんなダルそうなんだ? ガキのうちから変なこと覚えるなよ」
こいつだって岩井と変わらない年だと思う。
ってことは俺とだってそんなに違わないはずなのに。
……頭とか撫でるし。
「変なことって、なに?」
なんで俺だけ子供扱いなんだろうっていつも思うんだけど。
「酒とかクスリとか。女とか、男とか」
でも、今日はそれなりにオトナの話だった。
「そんなの大丈夫だよ。あ、でも、ウリとかしてるのは『男』に入るのかな?」
イレズミ患者はくっくっと笑って、俺の頭をポンポン叩いた。
「けど、コイツって中野さんのもんなんっすよね?」
なぜか入り口に突っ立ってた闇医者に聞いた。
俺は否定したかったんだけど、闇医者はバレバレの嘘をついた。
「そうだよ。だから、マモル君に手なんか出したらダメだからね。岩井君にも迂闊なことはしないように言っておいて」
岩井の友達はもう一度俺を見て、微妙な笑いを浮かべた。
それから、
「おまえも大変だな」
そんなことを言った。
「なにが?」
「中野さんも岩井も付き合ってる奴がいるんだろ?」
「……そうみたい」
そりゃあ、アイツのこととか考えて落ち込むこともあるし、全部忘れられたらいいのにと思うこともあるけど。
それでも、中野と一緒にいたいって思うから。
岩井に彼女がいるのは、今のところそんなに気にならないし。
「誤解しないでね、田口君。中野さんが囲ってるわけじゃないんだから。マモル君、住む所がないから、ちょっと面倒を見てあげてるだけだよ」
闇医者がなんだか慌ててそう付け足した。
「なんだ、そうなのか。てっきり……」
岩井の友達はちょっと考えてたけど。
「首輪でもつけて飼われてるのかと思ってたよ。コイツ、ちびっこいしさ。丁度いいだろ?」
またチビとか言うし。
しかも、俺の腕を掴んで指で太さを測ってみたりして。
「なあ、岩井とはもう寝たのか? それとも金もらわないと寝ないのか?」
「え、ううん」
『まだ』って言おうとしたんだけど。
「田口君。それはマモル君に失礼だよ」
闇医者が急にキビシイ口調になって真面目に怒ったから、俺もちょっとびっくりした。
岩井の友達はなんだかシュンとして、慌てて俺に「気を悪くするなよ」と謝った。
「いいよ、別に。俺、そんなのなんとも思わないから」
寝ることがあったとしても、岩井から金をもらおうなんて思ってないし。
「でもなぁ、先生に怒られるとなぁ……」
本当に困った顔で言うのがおかしくて。
「お兄さん、闇医者のこと好き?」
なんとなく聞いてみたら。
「いい先生だろ?」って答えが返ってきた。
「うん」
いつも思ってた。
普通の病院で働けばいいのに何でこんなところで働いてるんだろうって。
でも。
「ね、闇医者」
「なに?」
「闇医者っていい仕事だよね」
そう言ったら闇医者は少し驚きながら俺を振り返って。
「そうでしょう?」
いつもの優しい顔でにっこり笑った。
闇医者が選んだ仕事は、こんな狭くて見つけにくい変な場所にある診療所の先生だけど。
俺にはちょっと羨ましかった。
「俺も、ちゃんとした仕事探そうかなぁ……」
闇医者みたいにちゃんと学校も行ってないし、できることもあんまりなさそうな気はしたけど。
「そうだね。できればその方がいいと思うよ」
闇医者がそう言うから。
自分の人生についてちょっと考え直そうと思った。
「じゃあ、ちょっと考えてみるー」

……けど、ベッドでゴロゴロしてるうちに寝てしまった。


午前の診療が終わった時、岩井が来た。
「マモル、なんで昼間っから寝てるんだ?」
いきなり起こされて。
「……んー……やることないから。雅通、会社は? ヒマなの?」
寝ぼけながらストレートに聞いたら小突かれた。
「さっき田口にマモルがここにいるって聞いたから来てみたんだ」
よくよく聞いたら、お昼休みなんだそうだ。
「ヤクザに昼休みなんてあるの?」
「岩井君だって表向きは普通の会社員なんだろう?」
いつの間に来たのか、隣りのベッドに座ってた小宮のオヤジが説明してくれた。
「ふうん。でも、サラリーマンにはぜーんぜん見えないけどなぁ」
イレズミなんてあるし。
どこがっていうんじゃないけど、全体的になんとなく会社の人っぽくない。
しかも、そんなことを言われても岩井は否定しないし。
「メシ食いに行かないか?」
「今?」
そう言えばお昼休みなんだっけ、と思ったけど。
それは違った。
「いや、夜」
「うん、いいけど。あんまり高いところはダメだよ?」
そう答えたら、また笑われた。
「心配しなくても奢ってやるよ」
「え〜? でも、いつも奢ってもらうの悪いよ」
この前も奢ってもらったのにさ、って思ったのに。
「おまえさ、」
「なに?」
「ガキだよな」
なんでいきなりそうなるわけ??
ムクれていたら、岩井だけじゃなくて小宮のオヤジまで。
「マモルちゃんのオフクロさん、いい人だったんだろうなあ」
そんなことを言いながら笑ってたけど。
「なんで母さんの話になるの??」
また笑われたんだけど。
「オトナになれば分かるよ、マモルちゃん」
「うわ、やな感じー」
文句を言ったところで全然わかんないことに変わりはない。
……俺って何が足りないんだろう?



でも、そんな流れで。
その日は岩井と一緒に夕飯を食べて、夜遅くまでずっと二人で話をした。
店を出て「じゃあね」って時に。
「俺んち、来ないか?」
岩井に突然誘われたけど。
闇医者の家族のこととか、金をもらわないと寝ないのかって言われたこととか。
いろんな事がごちゃまぜになって浮かんできて、ちょっと複雑な気分だったから。
「うーん……また今度でもいい? なんか疲れちゃったんだー」
それに、また泣き出したりしたらカッコ悪いもんな。
「ああ、いいけど……今日は中野さんちに泊まるのか?」
「ううん。公園」
今日もちょっと寒いんだけど。天気も悪くないのに、そんなに毎日行けないもんな。
「だったら、やっぱり俺んち来いよ」
岩井は俺の手を掴んだきり、離してくれなかった。
泊めてもらえるのは嬉しいし、岩井と寝るのだって嫌だと思ってるわけじゃないんだけど。
「でもさ、」
そしたら岩井がクスクス笑って。
「マモル、なに警戒してんだよ。なんにもしねえって」
中野だったら、絶対に「信用するな」って言いそうだけど。
岩井が嘘をついているようには見えなかったし。
それに、やっぱりちょっと寒かったし。
「ホントに?」
念のため、もう一度だけ確認したら。
「ああ、ホント」
にっこり笑ったままでそう言うから。
「じゃあ、行くー」
今日は岩井の家で寝ることにした。
……だって、布団で寝る方がいいもんな。



岩井のアパートはワンルーム。
中野のところと違って散らかっていた。
「な、雅通。部屋、掃除してあげようか? 得意だよ、俺」
そう言ってみたんだけど。
岩井は「とりあえず今日はいいよ」と言ってから、床に投げ出されていた物を一まとめにした。
それから、無理やりクローゼットに押し込んでビシッとドアを閉めた。
開けたら全部落ちてきそうだけど。
まあ、見た目はそれなりに片付いた。
「じゃあ、その辺に座って」
買って来たビールとつまみをテーブルに並べて。一緒に飲んで、テレビを見て、話をして。
本当に友達みたいだなって思った。
「マモル、先にシャワー浴びて来いよ」
岩井に言われて風呂に行って、ほかほかになって出てきたら岩井がクンクン匂いを嗅いでいた。
「なに??」
「マモル、いい匂い」
「雅通もシャンプーすれば同じ匂いになるよ?」
岩井は楽しそうに笑いながら着替えを用意して。
「あ、俺が出てくるまで寝るなよ?」
ドアを締める前に念を押した。
「うん」
そんなこと言われなくても、昼間ずっと寝てたからあんまり眠くなかったんだけど。
ベッドに座ってのんびり髪を拭いていたら、岩井はすぐに出て来た。
「雅通、早過ぎー。ちゃんと洗ってんの??」
話しながらも岩井の背中に目が行く。
岩井もそれにすぐに気付いて、半分笑って、でも半分困ったような顔で俺に聞いた。
「そんなに珍しいか?」
闇医者のところに来るようになってから、ちょっと見慣れたけど。
やっぱり珍しい。
「だってさ、シャワー浴びても落ちないって不思議だよね?」
そしたら今度はカンペキに笑われて。
その後で岩井は俺の髪を拭いてくれた。
「肌に彫り込んでるからな」
そんな言葉を聞いただけで背中がチクチクするんだけど。
「痛くないの?」
「そりゃあ、彫ってる時は痛いよ」
ぺったりと背中に手のひらを当てたら、温かかった。
「でも、キレイだよね」
ぺたぺた触りつづけていたら、手を掴まれて抱き寄せられた。
「なんだ、マモル。彫るつもりなのか?」
なんだか心配そうにそんなことを言った。
「……ううん。痛いのヤダもんな」
この先ずっと消えないんだ。
いらないって思っても消せないのに、その時はどうするんだろう?
それとも、絶対にそんなこと思わないんだろうか。
「なー。これさ、薄くなったりしないの?」
岩井は苦笑しながらギュッと俺を抱き締めた。
中野とは違う腕。
頬を当てた肌の感触も、そこから響いてくる声も温度も。
ふうっと大きく吐き出される呼吸も。
みんな違う。
「……まあ、なんでもいいけどさ。マモルはやめとけよ。もったいない」
「もったいないって?」
「このままでいろってこと」
違うのに。
全部、違うのに。
それでも。
こんな風に笑いながらキスをする相手なんて、今まで一人もいなかったから。
「な、岩井」
「苗字で呼ぶなよ。色気ねえなあ」
笑って、やっぱりキスをして。
「じゃあ、雅通」
「なんだよ?」
だんだん分からなくなる。
俺はちゃんと岩井のことを好きになれるんだろうか。
中野よりも岩井を好きになれるんだろうか。
「雅通のこと、好きになったらどうなるの?」
そしたら。
中野のことなんて忘れられるんだろうか。

少しの沈黙の後、岩井は「そんなこと俺にわかるかよ」と言って。
その後で、また深いキスをした。


そのまま朝までずっと、岩井に抱き締められて眠った。
岩井はすごく優しかったけど。
でも、やっぱり中野とは違った。
「どうした、マモル。眠れないのか?」
どんなに優しくても。
どんなに大事にしてくれても。
「ううん、大丈夫。おやすみ」
きっと、他の誰かじゃダメなんだって思った。

だから。
『彼女がいるんだよね?』って、聞くのは止めにした。
俺にはそんなこと聞く資格はないって思ったから。


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