Tomorrow is Another Day
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考え込んでいたら受付でピンポンって鳴って。
「マモ、ちょっとここに座ってろ」
そう言い残して北川は出ていったけど。
その後、しばらくしてスーツの男と一緒に戻ってきた。
中野や岩井ほどじゃないけど、そいつもサラリーマンっぽくなくて。
「こんにちは。子猫ちゃん」
やっぱり北川の知り合いって感じだった。
でも、挨拶をされたから。
「こんにちはー」
俺も一応、挨拶はしてみた。
「マモ、お茶入れてきて」
北川に言われてキッチンへ行って。
お茶を持って来たら、スーツの男は俺を上から下までジロジロと眺めてから口を開いた。
「この子、北川さんの?」
いきなり、そう聞かれて。
『俺、北川の子供じゃないよ』って言おうとしたら、北川がお茶をすすりながらニヤニヤ笑って。
「いや。中野の」
そう説明した。
「あれぇ? 中野さんってすごい美人の彼氏がいたじゃない。あの子とは別れたの?」
なんで、みんなアイツのことを知ってるんだろう。
中野は誰にも紹介してないはずなのに。
……やっぱ、美人だからなのかな。
「いや、まだ付き合ってるだろ?」
北川が俺に聞いたから、自信はなかったけど「うん」って答えた。
「ああ、そう。なら君は中野さんの遊び友達なんだ?」
こんどは俺に向かって聞いたけど。
「……よくわかんない」
そう答えたら笑われた。
「でも、ってことは中野さんが探してた子って君?」
その言葉に固まってたら、北川が口を挟んだ。
「そっちにも行ったのか。で、中野は何て言ってたんだ?」
北川はちょっと離れて座ってた俺を引き寄せて、腰を抱いた。
「なんだっけ……そうそう、『年は15で、チビで、見るからにボーッとしたヤツを探してる』って言ってたかな」
それって俺?
ちょっと不満を込めて北川を見上げたら。
「文句があるなら中野に言えよ」
そう言われて、キスされて。
「んんーっ」
……ひどいよ、中野。
そりゃあ、俺はアイツみたいに美人じゃないけど。
でも、そんなにボーッとしてないと思うのに。
「中野さん、あっちにまで聞いてたらしいじゃないですか」
スーツの男が意味ありげに笑って。
ついでに俺の横に立って髪とか頬とか撫でるんだけど。
「そうなんだよ」
北川が苦笑いしてた。
「また本格的に聞き回ったもんですねえ。それで泣く泣く引き上げたんですか?」
スーツの男も口の端でちょっと笑って。
「まあ、そういうことだな」
「店にホンモノのヤクザなんて出入りされちゃ、商売になりませんからねえ」
俺の頭上を北川と男の会話が通り過ぎていく。
話の内容がぜんぜんわからなくてちょっと気になったけど、聞いても教えてもらえなさそうだったから、どうでもいいやってことにした。
でもさ。
俺、今日は北川にお礼を言おうと思ってきたんだけど。
これって、お礼なんて言わなくてよさそうだよな??
一通り話が終わると、北川は俺の頭をポンポン叩いて。
「マモ。中野にも意外と可愛がられてんだな」
耳元でそんなことを言った。
ぺロリと耳を舐められて、ちょっとヤダなって思って。
「……なんか、ぜんぜんわかんないんだけど。とりあえず、オーナーが悪いヤツだってことだけは分かった」
そう答えたらまた笑われた。
スーツの男もしばらく笑ってたけど。
「じゃあ、その話は終わりにしようね」
そう言ってカバンを開けた。
「これ、この間の顧問料って言って中野さんに渡しておいて」
差し出されたのは、普通の封筒。ただし、ちょっと分厚かった。
「うん」
それもやっぱりよく分からなかったけど。
ただのお使いなんだからと思って、適当に頷いて封筒を受け取ったら。
「マモ、コモンってわかるか?」
北川が封筒を取り上げて、ニヤニヤ笑いながら俺に聞いた。
「……部活の先生」
そう答えたら、北川だけじゃなくて俺に封筒を渡したヤツまで本気で笑ってた。
「マモ、ついこの間まで中学生だからなあ。カワイイ、カワイイ」
北川がバカにするんだけど。
「ついこの間じゃないよ。それにもう16になったんだから」
北川は笑ったままで。
「15も16も変わんないだろ?」
そう言った。
「でも、16だよ。誕生日来たんだから」
「そんなことに拘られてもなぁ」
北川も男もその後ずっと笑ってた。
でも、封筒を奪い返してポケットにしまおうとしたら、北川に止められて。
「マモ、金を受け取ったら中味を確かめるとか、中野に確認するとかした方がいいんじゃないのか?」
マジメな顔で注意された。
「え?」
そうなのかな。
「ほら」
北川が携帯を差し出したけど。
……相変わらず、中野の電話番号は分からなかった。
「なんだ、マモ、番号知らないのか?」
その一言に頷くのが結構悔しかったんだけど。
「うん」
仕方ないから、正直に答えた。
北川にはまたバカにされたけど。
中野に電話をつないでから俺に渡してくれた。
『何の用だ?』
電話の中野はいつも以上に素っ気なかったけど。
「知らない人から金預かったんだけどさー……えっと、『コモンリョウ』ってヤツ」
一応、話は聞いてくれてた。
『どんな奴だ?』
服装とか答えればいいのかな。
でも、本人がいるのに『スーツを着てるけど会社員ぽくない』とか『いかにも北川の友達って感じ』とかって言っちゃダメだよな?
なので、名前を聞くことにした。
「ね、おじさん、名前は?」
スーツの男に聞いたら、北川にデコピンされた。
「中野より若いんだぞ?」
「ふうん、そうなんだ」
だって、中野よりふけてるもんな。ヒゲとか生やしてるし。
「いいから、それ返せ」
ボーッとしてたら携帯を取り上げられてしまった。
「よ、中野。例の件、片付いたってよ」
後は北川が全部話した。
話の内容は『アレ』とか『例の』とか『前回の』とか。
普通に聞いててもナンだか全然わかんない話だったから、俺は何度もアクビして。
そのたびに隣りに座ってたスーツの男にほっぺを突つかれた。
北川は、だいたい用事が済んでから、また俺に電話を渡してくれたんだけど。
もう話すことなんてなかった。
だいたい、話しかけても中野は答えてくれないんだからって思ってたんだけど。
『金、なくさずに持って帰ってこいよ』
中野の方から話してくれた。
「うん、大丈夫。中野が帰ってくるまで公園にいるからね」
ちょっと寒いけど、まあ、ガマンできそうだし。
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせていたら。
『ったく。……俺が行くまで北川の所で待ってろ』
面倒くさそうな中野の声が響いた後、電話は切れた。
「中野、ここに来るって」
北川に言ったら、またまた笑われて。
「マモ、全然信用されてないんだな」
悔しいんだけど。なんか、そんな感じ。
……俺、お使いもできないって思われてるんだな。



その後、中野が来るまでやることがなくて。
「なんか手伝う?」
ちょっと聞いてみたら、事務所と奥の部屋とバスルームの掃除をさせられた。
でも、掃除代として3000円のバイト料をもらった。
珍しく北川もキス以上のやらしいことはしなくて。
「今日はなんにもしなくていいの?」
念のため確認してみたら。
「マモが来る前にケイちゃんから電話がかかってきてな。釘を差された」
また苦笑い。
「オーナーってさ、『ケイちゃん』に弱いの?」
俺がイヤだって言っても無理やりヤルくせに。
「マモだって弱いだろ?」
そんなことを聞かれても。
いまさら「ケイちゃんなんて知らない」って言えないしな。
「……うん」
適当な返事をして、その場を流した。



6時をちょっと過ぎた時に中野が現れて、俺から封筒を受け取った。
でも、中野だって中味なんて確かめてなかった。
「じゃあ、マモ。怪我が治ったら店に来いよ。当分は掃除と茶碗洗いとウェイターな」
もう、携帯でメールを始めてしまった北川はこっちなんて全然見てなかったけど。
「うん。じゃあねー」
手を振ってから、中野にくっついて事務所を出た。
もう、封筒も渡しちゃったし。中野と一緒にいられるのも今日は公園までだなってたのに。
「じゃあね。おやすみ、中野」
ベンチの前で止まったら、中野に腕を掴まれて。
そのままマンションに連れていかれた。
「……泊まってもいいの?」
それともヤルのかな?
でも、それはまだきっと闇医者に止められてるよな。
うーん……ちょっと、つまんないかも。
「ただいまー」
アイツの部屋にいるヌイグルミを思い浮かべてそう言って。
靴を脱いで中野のあとからリビングに入る。
俺が何をしてても中野は知らん顔で、さっさとシャワーを浴びて着替え終わると、冷蔵庫から食べ物とビールを持って来た。
「その辺から適当に好きな物を出して食えよ」
それだけ言って。また新聞を読み始めた。
「うん」
いつもは何にもないキッチンなのに、今日はなんだかいろんな物が置いてあった。
冷蔵庫を開けて、中にあったものを温めてリビングに戻って。
中野の顔が見えるところに座って、それを食べた。
「なー、中野、それだけしか食べないの?」
せっかく二人でいられるんだから、話をしたいなって思って。
無理やり話しかけてみた。
でも、返事がなくて。
「じゃあさー」
話題を変えてみた。
中野も一緒にいたって言うくらいだから、ちょっとはわかるはずだよなって思って。
「中野、『ケイちゃん』って知ってる?」
俺の質問に、中野はふうっと煙を吐いてから、呆れたように口を開いた。
「香芝のことだろ」
……へ??
「闇医者?」
固まっていたら、中野が新聞の隅っこに『香芝啓』って書いてくれた。
やっぱり大人っぽいキレイな字で。
「なんか……闇医者っぽい名前だね」
何がっていうんじゃないけど、なんとなく。
「中野が書くといい名前に見えるよね」
いいなぁ、って思って。
隣りに自分で闇医者の名前を書いてみたけど。
「……ぜんぜん違うなぁ……」
俺の字って、なんで中野の字みたいに揃ってないんだろ??
「少し練習しろ。おまえの字、読めねえよ」
そう言って中野はちょっとクチャクチャになった封筒を投げてよこした。
広げてシワを伸ばしてみたら、俺が中野のポストに入れたヤツだった。
「違うんだよ。これはさ、車の中で書いたから汚いだけで普段はもうちょっとキレイだからね?」
そう説明しても、中野はぜんぜん信用してなさそうな顔をしてた。
「もう、ホントだってば……別にいいけどさー……あれ??」
ふて腐れかけた時、急に北川の話を思い出して。
慌ててまた中野に質問した。
「じゃあ、オーナーを殴ったのって闇医者なの??」
北川の『ケイちゃん』が闇医者なら、殴ったのも闇医者なわけで。
「闇医者、絶対に誰かを殴ったりしそうもないのに……」
あ、北川もそう言ってたっけ。
だから、よけなかったんだな。
そうだよ。
闇医者が誰かを殴るなんて思わないもんな。
「あ、でも。殴ったら手も痛いよね?」
闇医者の手、指が細長くてキレイなのに。
「大丈夫だったのかなぁ? 闇医者、痛そうにしてなかった? ね、中野ってば」
昨日も今日も普通に手当てしてくれたし、ケガなんてしてなさそうだったけど。
でも、殴ったその時は痛かったかもしれないと思って、中野の新聞を取り上げて聞いたら。
「ったく……おまえのせいだろ」
中野は呆れ果てながら新聞を奪い返した。
「……うん、そうなんだけど……」
闇医者が北川を殴ったのは、俺を売った金の半分を中野に渡すって言った時。
だから、やっぱ、俺のせい。
「ね……闇医者、すごく怒ってた?」
いろいろ聞きたいことはあったんだけど。
中野は俺と話すのが面倒くさくなったみたいで。
「香芝に聞けよ」
それしか答えてくれなかった。
「ちぇー……」
その上、中野の足元に座り込んだら。
「いいから、さっさと寝ろ」
また、追い払われて。
「まだ眠くないよ」
時計を見てもまだ9時過ぎだったし。
子供じゃないんだからって思って、そのままベッタリ座ってた。
中野はそれ以上何も言わなくなって。
また、いつもの沈黙が続いた。
聞こえるのは中野が新聞をめくる音だけ。
自分の呼吸も、煙草の灰が落ちる音も聞こえそうな気がするくらい静かで。
「あのさ、中野、」
声をかけても、目さえ動かしてくれなかったけど。
「……中野の電話番号……聞いてもいい? 今日、北川のところで電話してみろって言われたんだけど、番号、わからなくて……それに、客のところにいた時も、俺、店の番号しか知らなくて……」
あの時の悲しい気持ちが込み上げた。
また泣きそうになるのを一生懸命堪えて、次の言葉を探して。
でも、何も言えなくなって固まってたら、中野が新聞を畳んで口を開いた。
「警察にかければよかっただろ?」
それも、あまりにも素っ気ない返事で。
「そうなんだけどさ……俺が言ってるの、そういうことじゃなくて……」
もっと悲しくなってしまった。
顔が上げられなくて。
「……中野の電話……教えて欲しいなって」
自分で言いながら。
でも、それ以上聞いてもダメなんだろうなって思ったから。
途中で諦めた。
「……やっぱ、いい」
がっかりしたまま立ち上がって寝室に行こうとしたら。
「ったく、」
中野が俺の腕を掴んで引き止めた。
その後、眉を寄せたまま黙ってペンを出して。
新聞の隅に携帯の番号を書いて、破いて俺に渡してくれた。
「……いいの……?」
中野の顔を見ながら、差し出された紙切れを受け取って。
「ありがと」
思わずギュッて抱き付いたけど。
中野は抱き締め返してはくれなかった。
「いいから、さっさと寝ろ」
うるさそうに俺の体を押し返して、また新聞の続きを読み始めた。


こんなに毎日、中野といて。
ホントにいいのかなって思いながら。
なのに、やっぱり少し淋しいのはどうしてなんだろう。
少しだけ振り返って、中野の横顔を見て。
「おやすみ、中野」
そう言ってみたけど。
やっぱり返事はなくて。
そのまま一人で寝室に行って、ベッドにもぐりこんだ。



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