Tomorrow is Another Day
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その後もずっと二人でお茶を飲んでたけど。
中野の携帯は繋がらなくて。
闇医者にはコイビトから電話がかかってきて。
きっとこれからデートだから引き止めるのも悪いと思って、中野のマンションの入り口で待つことにした。
「本当に大丈夫なの? 遠慮しなくていいんだよ?」
闇医者はそう言ってくれたけど。
「大丈夫。玄関までは入れるから、そこにいればあったかいし」
コイビトが来るのに、俺がいたらダメだもんな。
「でも、何かあったらちゃんと電話してね?」
「うん」
闇医者に見送られて診療所を出た。
一人になってから中野にもう一度電話してみたんだけど。
やっぱり出なかった。
「しょうがないよなぁ……」
諦めてとりあえず公園に向かった。
だって、マンションの玄関に何時間もいたら警察に通報されそうだもんな。
「ちょっと寒いけど、大丈夫、大丈夫」
歌いながら歩いていたら、途中で声を掛けられた。
「マモル?」
聞き覚えのある声だって思って振り返ったら岩井が立ってた。
ちょっとびっくりしたような、変な顔だったけど。
「久しぶりだな。帰ってきたとは聞いてたけど。元気そうでよかった」
そう言って俺のところまで走ってきた。
「うん、雅通もね」
会えて嬉しかったけど。
でも、なんとなく。
気持ちはちょっと遠くなった気がした。
「帰るのか?」
「うん。とりあえず公園だけど」
何気なくそう言ったのに。
岩井が聞き捨てならないセリフを口にした。
「そっか。中野さん、彼氏と一緒だったもんな。今日は行けねえよな」
「え??」
思いっきり驚いて。
立ち止まってしまった。
「さっき、裏通りで見かけた。一緒に歩いてたからさ」
……そっか。だから、携帯を切ってたんだ。
「じゃあ、俺、今日は公園で寝るのかぁ……」
闇医者に電話しようかとも思ったんだけど。
コイビトと二人でいる時にジャマしちゃいけないし。
けど。
ちょっと寒いんだよな……
さすがに暗い気持ちになっていたら。
「俺んち来るか? いくらなんでも公園では寝られないだろ?」
岩井が急にそう言った。
「いいの?」
また風邪なんて引いたら、みんなに迷惑かけるから。
岩井の誘いは嬉しかった。
「ああ、遠慮すんなって」
いつまでも中野の部屋をあてにしちゃいけない。
中野だってアイツと一緒にいたいだろうから。
「じゃあ、行く。ありがと。よかったぁ……」
やっぱり早く金を貯めて、一人でなんとかやっていかないと。
今日は岩井のところに泊めてもらえるけれど、この先ずっとってわけにはいかないし。
でも、見通しはあんまり明るくないって気がした。


久しぶりに入った岩井の部屋は今までで一番散らかっていて。
「片付けときゃよかったな」
ブチブチ言いながら床に落っこちていたものを隅に押し固めた。
シャワーを借りて、テレビを見て。
「な、マモル」
その後は何も言わなくて。
でも、抱き締められて、キスをされて。
「……今日、いいか?」
キスの合間にそう聞かれた。
迷ったけれど。
中野は今頃アイツと一緒で。
きっと俺のことなんて「いなくてよかった」くらいにしか思ってないんだから。
「……うん、いいよ」
抱かれたら、岩井のことだって好きになるかもしれないし。
そしたら、中野のことだって忘れるかもしれないって、自分に言い聞かせて。
「ホントにいいのか?」
ベッドに入った時、岩井はもう一度確認した。
「うん」
今度は迷わずにそう答えた。
でも、すぐには抱かなくて。
何度かキスして、丁寧に準備してから、やっと。
「痛くないか?」
「……うん」
何度もそう聞いて。
思ってたよりもずっと優しくしてくれた。
ぜんぜん嫌じゃなかった。
でも。
やっぱり、中野とは違ってた。

抱かれてる途中で何度も中野のことを思い出して。
今頃アイツと一緒なんだって思ったら悲しくなった。
「マモル? どうした?」
きっと落ち込んだ顔をしてしまったんだろう。
岩井にそう聞かれて。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
少しだけ笑って、自分からキスをした。

終わってからも岩井は優しくて。
二人で煙草を吸ってジャレあって。
でも、その時、岩井が急に何かを思い出して急に真面目な顔になった。
「けど、ちょっと驚いたよ。マモル、金払わないヤツとは寝ないって聞いてたからな」
そんなことを言った。
「誰に?」
ウリなんてやってるんだから、そう思われても仕方ないけど。
「ん、まあ、いろいろな」
岩井は言葉を濁して。
「ホントに金、要らないのか?」
もっと真面目な顔でそう聞いた。
「うん……今日はそういうんじゃないから」
それだけなのに。


優しいと思ったことも。
楽しかったことも。
急に全部、消えていった。



朝になってから公園に帰った。
もし、中野が一人で通りかかったら『おはよう』と『いってらっしゃい』を言おうと思って急いだけど。
よく考えたら、今日は土曜日だから中野は通らない。
「なんだ、あせって損した」
ふうっと息を吐いて、ベンチに腰を下ろした。
空気は少し冷たかったけど風もなかったから、日が差しているところはそれなりに暖かだった。
そのまま30分くらいボーッとしてたら。
「……あれ、中野……?」
中野はアイツと一緒じゃなくて。
マンションとは逆の方向から歩いてきた。
それに、なんだかぼんやりしてた。
「なー、中野、顔色悪いよ?」
事情はわからなかったけど。
なんだか心配になったから、追いかけていった。
マンションの中に一緒に入って、エレベーターに乗って。
そのままついていっていいのか迷ったけど。
中野がなんにも言わないから、別にいいんだろうってことにした。
「……おじゃまします」
靴を脱いで、裸足でぺたぺた歩いて、リビングに入っても、中野は俺のことなんて知らん顔で。
ドカッとソファに座り込むと、ネクタイだけ解いてまた酒を飲みはじめた。
本当に側に寄るのもためらわれるほど不機嫌だったから。
少し離れてできるだけ静かにしてた。
中野はその後もずっとキツそうな酒を一人であおってた。
だから、なんとなく。
アイツと別れたんだな、って思った。
「……ね、中野……そんなに飲んだらお腹壊すよ?」
ときどき少しだけ話しかけたりもしたけど。
聞こえてないどころか、俺なんていないみたいにすっかり無視してた。
いつもなら、「うるさい」とか「黙ってろ」くらいは言ってくれるのに。
「ね、中野ってば」
呼びながら。
そっと近づいて、酒のビンを遠ざけた。
中野はやっぱり俺の顔なんて見もしなかったけど。
「ちょっとくらい返事してよ」
無理やりグラスを取り上げたら、仕方なさそうに顔を上げた。
それから、何も言わずに俺の腕を掴んだ。

そのまま俺をゆっくり引き寄せて。
そっと抱き締めて。
髪を梳いて。
いつもはしないようなキスをした。

だから。

抱かれながら。
泣かないように目を閉じて。
声を出さないように息を殺して。

中野はアイツの名前なんて呼ばなかったけど。
でも。
俺のことなんて、抱いてなかった。

終わってからも、キスをした。
セックスのついでじゃないキス。
俺には一度もしてくれたことのない、ほんもののキス。
「……ごめんね」
謝ったら、中野は一瞬だけ俺を見た。
でも、何も言わなかった。
いつもとおんなじで、煙草をくわえて、遠くを見てるだけで。
だから、声に出さずにもう一度謝った。

―――アイツじゃなくて、ごめんね……




少し眠って。
起きたら、夕方で。
中野がアイツに電話してた。
アイツが置いていった着替えやカバンを取りに来いって、そんな内容。
短い電話だった。
アイツは最初「うん」とは言わなかったみたいだけど。
それでも、荷物を取りに来ることになったらしい。
どうすればいいんだろうって思いつつ、部屋の隅っこに座ってたら。
「人が来るから、外に出てろ」
中野にそう言われた。
やっぱり俺はあっさりと追い出されるんだなって思って。
「……うん」
夜になったら帰って来ていいのかって聞けないまま、部屋を出た。
外に出ると肌寒さを感じた。
「コートでも買いに行こうかなぁ……」
金は持って出て来たけど、そんな気になれなくて。
公園と中野のマンションの間をぶらぶらと往復していると、アイツを乗せた車がマンションの門を走り抜けた。
助手席にアイツ。
運転席にアイツの優しそうな恋人。
無意識で後を追いかけた。
アイツとアイツの新しい恋人は、車を止めて少し話をしてた。
その後で、アイツは恋人を残して車を降りた。
残された恋人は心配そうにアイツを見送ってたけど、それから何分もたたないうちにアイツを追いかけた。
中野はどんな気持ちでアイツとコイビトを迎えるんだろう。

本当は今でも好きなくせに。
誰にも渡したくないくせに。

バカだよなって思った。
けど。
少しでも慰められたらって思った。
なんにもできないって分かってるけど。
俺がいても中野は嬉しくないって分かってるけど。
それでも、中野の側にいたかった。



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