Tomorrow is Another Day
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それよりも、って闇医者が言って。
「マモル君、僕に話すことがあるんじゃないかな?」
そう聞かれたんだけど。
「え?? なに?」
とっさに何も思い浮かばなくて、そのまんま聞き返したら、ニコニコ笑いながら俺の襟元を指差した。
「その紺色のリボンのこと」
「あ……」
それを話したくて闇医者の帰りを待ってたのに、なんで忘れてたんだろう。
「そう、あのね、」
でも、闇医者はもう知ってるってことだよな?
なんで俺が話すより前に……って思ったけど。
「……それって、中野が話したの?」
他には知ってる人なんていないんだけど、念のため聞いてみた。
「昨日、電話したときにね」
闇医者はいつものようににっこり笑って。
俺がご飯を食べ終わったのを確認してから、マグカップにコーヒーを注いで手渡した。
「なぁんだ……話しちゃったんだぁ……」
話したら驚くかなって思ってずっとわくわくしてたから、ちょっとがっかりだったけど。
「よかったね。これで僕も少し安心したよ」
「……そっかぁ……ごめんね。いっつも心配してもらって」
闇医者がコーヒーにミルクを入れてくれるのを眺めながら、ちょっと反省した。
電話して話してたら、心配してる時間はもっと短くて済んだはずなのに。
「謝らなくていいのに。僕には気なんて遣わなくていいよ?」
「……うん」
中野が話してくれてよかったなって思いながら、ちょっと苦いコーヒーを飲んだ。
「なんだ、なんだ。マモルちゃん。まだ先生以外には内緒なんか?」
そう言えば、小宮のオヤジには昨日「ないしょ」って言ったんだった。
「あー……ううん、もう大丈夫」
今日はちゃんと話さなきゃ。
「あのね、中野から、部屋の鍵もらったんだー」
返事をしながらもなんとなく顔がにやけてしまったけど。
スルスルッと襟からはみ出ているリボンを引っ張ってキラキラの鍵を見せた。
「ほら、ね?」
控えめに言ったつもりだったけど、ぜんぜん自慢っぽいよなぁって自分でも思った。
でも、オヤジはくちゃくちゃに笑って「よかったなぁ」って言って。
それから俺の頭を撫でてくれた。
みんな自分のことじゃないのに本当に喜んでくれるから。
「うん、ありがと」
お礼を言いながら、ちょっと涙が出そうになった。
「じゃあ、お祝いにお昼はマモルちゃんにご馳走してあげないとなあ」
小宮のオヤジが時計を見ながらそんなことを言って。
「わー、いいの?」
俺が思わず立ち上がったら。
「わー、僕も。ごちそうさまです」
闇医者まで一緒に立ち上がって。
「わー、俺も。小宮さん、太っ腹」
患者モドキも俺と闇医者のマネをした。
「みんなおねだり上手だなあ」
小宮のオヤジは笑いながら、でも、ちょっとだけ財布を覗き込んでた。
「よかったね、マモル君」
闇医者と患者モドキにそう言ってもらって。
「うん、いいこといっぱいあって嬉しいかもー」
嬉しくて、嬉しくて、すごく大きな声で返事をして。


願ったら、叶うことだってあるんだから。
「これからも頑張ろうっと」
こんな楽しい気持ちのまま。
中野の新しい恋人のことも、ちゃんとお願いしてあげようって思った。
今なら気持ちの全部で願うことができるから。


そしたら、きっと叶えてくれると思うから――――




お昼を食べてから、患者モドキと俺はちょっと昼寝をすることにした。
「えー、今日も店に来るの? 家に帰らなくていいの?」
患者モドキはたぶん独身で一人暮らしで、しかもサラリーマンでもなくて「自由業」なので、時間は好きなように使えるらしいんだけど。
本当のところは何をやってる人なのかわからない。
……ここってそんなヤツばっかりだけど。
「今日は北川さんにカワイイ子を紹介してもらう約束になってるからな。夕方まで休んでシャキッとした顔で行かないと」
ちゃんと着替えまで持ってきていた。
「ふうん。それって新しいバイトがくるってことかなぁ?」
北川みたいなすっごく嘘くさいヤツがやってる店なのに、ちゃんとたくさんの客が来る。
バイトもけっこうカワイイ顔のヤツが多い。
世の中って不思議だ。
それにつられて患者モドキなんて週に何度も店に来るし、もしかしたら俺よりも長い時間店にいるかもしれないって思う。
そんなにあの店、楽しくないと思うんだけど。
「お店、楽しい?」
患者モドキに聞いたら、
「他に楽しいことないからな」
そんな返事だったけど。
「だったら、もっと楽しいこと見つければいいのに」
「いいんだよ。子供は黙ってろって」
そういう生活ってどうなんだろう?
つくづく変なヤツばっかり。
「患者モドキって実は金持ちなの?」
小宮のオヤジもそうなんだよな。
ちょっと見はそのへんのヨレヨレしたオヤジなんだけど。
「マモル君もオカネモチのご主人様を見つけろよ」
また、そんなことを言われて、俺もいつもの返事をした。
「……俺、中野がいいもん。ご主人様なんていらない」
そしたら、患者モドキはゲラゲラ笑って、
「中野サン、俺より金持ちだからなぁ。マモル君、案外しっかりしてるのかもな」
って言ってた。
お金なんて持ってなくても、中野がいいんだけど。
患者モドキにそんなこと言っても仕方ないし。
「俺、もう寝る。おやすみー」
なんだかどうでもよくなって、布団を被って目を閉じた。


『中野がいい』なんて言ってみても。
いつだって、すごく遠いところを見つめていて。
話しかけても、返事だってしてくれなくて……――――


「……だって一生好きになってもらえないんだもんな」
少し淋しくなって、無意識で鍵を握り締めた。
金属の冷たさと硬さが手のひらに伝わってきたけれど。
「……いいもんね」
名前なんて呼んでくれなくても。
返事なんてしてくれなくても。
ちゃんと同じ部屋に帰れるんだから。
それだけでいいって自分に言い聞かせて。
楽しいことを考えるために、また目を閉じた。
中野のマンションを思い浮かべながら、今日は中野の家に帰れるんだって何度も何度も考えてるうちに、だんだん嬉しくなってきて。
結局、あんまり眠れなかった。



「じゃあね、闇医者」
夕方、患者モドキと診療所を出ようとしたとき、闇医者に引き止められた。
「マモル君、大事なものは見えないようにしておかないとダメだよ」
一度ネクタイを緩めて、リボンが見えないように服の中にしまって。
「もうちょっと待っててね」
闇医者の細い指がネクタイを結び直して。
その間、俺はちょっとだけ首を上げて天井を見てた。
小学校の入学式の日に母さんがこうやってネクタイを結んでくれたことを思い出しながら。
あの時、着ていた服は借りてきた物だったから、俺にはちょっと大きくて。
でも、母さんは「可愛いわよ」って言って写真を撮ってくれた。
買ってあげられなくてごめんね……って言われたことは、今でもよく覚えているけれど。
その言葉の重みは、自分で金を稼ぐようになってやっとわかった。
「はい、できあがり」
闇医者が結んだネクタイは、自分でやったときとはぜんぜん違って、とてもキリッとして見えた。
「ありがと」
これなら北川にもバカにされないもんね、って思ってにっこり笑ってたら。
「マモル君、制服、よく似合うよ」
闇医者が俺の髪を整えてる横で、小宮のオヤジも頷いていた。
「ホント? よかったぁ……中野はぜんぜん褒めてくれなかったから、いまいちなのかなぁって思ってたんだ」
闇医者はクスッと笑ってから、穏やかに首を振って。
「中野さんだってきっと可愛いって思ってるよ」
そう言ってくれたけど。
さすがに俺も、それはどうかなって思った。
「……じゃあね。いってきます」
闇医者と小宮のオヤジに手を振りながら、
「気をつけてね。早く帰るんだよ?」
やっぱり母さんみたいだなって思って。
ちょっとくすぐったい気分で店に向かった。



「ね、俺、事務所から着替え取ってくる。また、あとでね」
患者モドキを先に店に行かせて、北川の事務所に向かった。
「どうした、マモ。やりに来たのか?」
なぜか毎回これを聞かれるんだけど。
たぶん、冗談のつもりなんだろうな。
「違うよ。着替え取りに来ただけ」
制服は今日のバイトが終わったらクリーニングに出すつもりだから。
「ね、今日って新しいバイトが来るの?」
いつもなら直前まで「研修」とか言っていちゃいちゃしてるのに。
「なんで知ってるんだ?」
「患者モドキが『かわいい子がくる』って言ってた」
北川は笑ってたけど。
「たまには違うバイトでも入れないと飽きるだろ? 顔は、まあ、美人って言うんじゃないけどな。目新しいうちはそこそこ売れるだろうし」
なんか、相変わらずひどいヤツだった。
「で、マモちゃん。今日、客取らせてやってもいいぞ?」
そう言われたたけど。
「ううん、今日は早く帰る」
もうすぐクリスマスで。
できれば中野にも闇医者にも小宮のオヤジにもプレゼントをあげたいなって思ってて。
だから、金は必要なんだけど。
「昼寝したんだけど、でも、あんまり寝れなかったから……だから」
北川に言い訳をして。
ついでに自分にも言い訳をした。
だって、中野んちに帰る最初の日なんだから。今日は仕方ないよな……って。
「まあ、いいか。やってる時に居眠りとか欠伸をされても困るからな」
北川にしては珍しくあっさりと引いて、ペシペシと俺の尻を叩いて事務所を追い出した。



「こんにちはー」
店のドアを開けたら、患者モドキと見慣れないヤツとエイジが座ってた。
「マモル君、早いんだね」
エイジがにっこり笑ったけど。
やっぱりなんとなくイヤな感じで。
「……うん。ロッカーに荷物置いてくる」
それだけ答えて着替えを置きにいった。
見慣れないヤツはやっぱり新しいバイトらしくて、もう患者モドキにべったり張り付いていちゃいちゃしてた。
店には他の客は来てなかったから、エイジと俺はちょっとヒマで。
「ね、マモル君、この間の続きなんだけど」
だから、話しかけられても仕方ないとは思うんだけど。
「続きって?」
「中野さんのこと」
やっぱりそんな話だから、すごく嫌で、キッチンにでも逃げてしまおうかと思った。
「……知らないってば」
「やだな、まだ何も聞いてないのに。そんなに僕のことが嫌い?」
うん、って言ってやろうかと思ったけど。
一応、バイト仲間だし。気まずくなるのも嫌だから何も言わずにおいた。
「ね、中野さんのマンションに新しい彼氏とか彼女とか来てないかな?」
ぜったい何も答えないもんね……って思って口を尖らせていたのに、代わりに患者モドキが口を出して。
「来てるわけないだろ。マモル君が合鍵持ってるのに」
そしたら、エイジの顔がちょっと変わった。
「……へえ……そうなんだ。中野さんにもらったの? 暗証番号も?」
ちょっと目が冷たいって思うのは気のせいなんかじゃないはず。
「だったらなに?」
「ううん、いいなって思ってね。ということは、中野さん、マモル君を彼氏にするつもりなのかな?」
チラチラと患者モドキを見ながら、返事を催促した。
「んー? そりゃあ、どうかな。名前も呼んでくれないらしいぞ? エイジ君、呼んでもらったことある?」
自分で答えない俺が悪いんだろうけど。
だからって、エイジにまでそんなこと言わなくてもいいのに。
患者モドキ、ちょっとおしゃべり。
「僕はありますけど……でも、お休みの日は中野さんと出かけたりするんだよね? 一緒に食事をしたり?」
いろいろ聞かれて。
「……ううん」
悔しかったけど首を振った。
出かけることなんてぜんぜんないし、ご飯もお使いを頼まれたときにコンビニから買ってきたものを一緒に食べるくらいで。
「なぁんだ。じゃあ、まだ僕にも可能性はあるのかな」
エイジが俺を見下ろしながら、口だけでニッコリ笑った。
そりゃあ、一生好きになってもらえない俺よりは、可能性だってあるだろうけど。
「……でも、ダメなんだから」
俺がお願いしてるのは、アイツよりもかわいい恋人なんだから。
エイジなんかじゃ、絶対、ダメなんだから。
ムッとして答えたら、みんなに笑われて。
俺は不機嫌なままで夜まで過ごさなければならなかった。



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