Tomorrow is Another Day
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バイトが終わったのが夜中の一時。
徹夜明けで、しかも昼間もあんまり眠れなかったから、もう起きてるのがやっとって感じで。
「マモ、本当に客取る気ないのか?」
北川に聞かれたときも、あくびをしてた。
「ふぁあ、ん、眠……ぃから、だめ」
怒られるかと思ったけど、北川はご機嫌だった。
どうやら3人入った新しいバイトの一人と出かける約束をしたらしい。
「ったく、おこちゃまはコレだからな。とりあえず事務室に来いよ。今週のバイト代渡すから」
「うんっ!」
それをもらったら、みんなへのクリスマスプレゼントを何にするか考えないと。
「あ、待って、その前にロッカー行って着替えてくるー」
走り出そうとしたら北川に頭を小突かれて。
「店の中でバタバタするなよ」
ネコみたいに首をつかまれたままロッカー室に行った。
「じゃあ、マモ、客は取らなくてもいいから一回やってから帰れよ?」
北川にペロンと耳を舐められて、思い切りぷるぷると首を振った。
「やだってば。新しいバイトと約束あるんだろー? だったら俺としなくてもいいじゃん」
さっさと早く着替えて早く帰ろうと思って、急いでドアを開けて、手探りで電気をのスイッチを探して。
けど、急に北川に止められた。
「……荒らされたみたいだな」
北川の声が妙に真剣で。
え?って思いながらドアを全開にしたけど。
「……そうかなぁ?」
ロッカーのうち2つが開け放しになっていること以外は別に変わったところもなかった。
5つあるロッカーのうち二つはドアが壊れていて、閉めるのにテクニックが必要だから。
「新しいバイトが閉め方わかんなかっただけじゃないの?」
単純にそう思ったんだけど。
「裏口の鍵、閉め忘れたヤツがいるな。マモ、どっから来た?」
北川はなぜドロボウだと決め付けていた。
「店の入り口。だって、すっごい早い時間に来たもん」
北川は頷いてから、そっと電気をつけて、ロッカーを使ってたバイトを全員呼んできた。
「盗られたものがないか確認しろよ」
全員って言ってもエイジと俺と最初に店に来てた新しいバイトの3人だけで。
みんなびっくりしながら荷物を確認したけど。
「金がなくなりました」
エイジと新しいバイトがそう言って。
「マモは?」
俺は首を振った。
「だって、財布は診療所に忘れてきたしー」
たぶん、まだベッドの上にあるはずだ。
でも、これはラッキーだよな。これからみんなにクリスマスプレゼントを買うんだから、取られなくて本当によかった。
「他に金目のものは? 時計とか、貴金属とか」
そんなことも聞かれたけど。
「持ってるわけないじゃん」
俺の返事のあと、バイトは「全部身に着けているから」と首を振った。でも、エイジだけは時計がなくなったみたいで、どんなヤツだったかを北川に説明した。
新しいバイトも財布にいくら入ってたとかそんなことを報告したけど。
「たいした額じゃないな。ま、今回は警察に言うのはやめておくか」
北川の言葉に二人とも頷いた。
裏口は使用禁止になって、中からジャラジャラとチェーンの鍵をつけられた。
「しばらくは店のドアから出入りすることになるが、くれぐれも目立たないようしろよ?」
他にも、「他の従業員には店が終わってから説明するから、それまでは伏せて置くように」とか、「他に変わったことがあったら報告するように」とか、いろいろ言われたけど。
「ねー、もう帰っていい?」
俺はもう眠くて。本当に全部が素通りするくらいどうしようもなくて。
「仕方ないな。今日はこんなだからバイト代は月曜にな?」
「……ちぇー……」
でも、もらえなくなったわけじゃないから別にいいやって思って。
「年末は変なのが増えるから、マモも気をつけて帰れよ?」
「ふぁ〜い」
とりあえず俺だけ先に帰ることができた。



それはよかったんだけど、店を出たらすっごく寒くて。
「ふえー……制服で帰って来ればよかったぁ……ブレザーがあったのに」
今日に限って長袖のTシャツ一枚で。
「俺、マンションに着くまでに凍え死ぬかも」
本当に、あっという間に瞬間冷凍されそうだった。
仕方ないからメチャクチャ本気で走って中野のマンションに帰った。
「うー、寒かったぁ……」
マンションのエントランスで鍵を入れようとしたけど、手が冷たくてうまく鍵が握れなかった。
もたもたしていたら、ドアの向こうに買ってきたばっかりっぽいタバコを持った中野が立ってるのが見えて。
「そんなとこでボーッとしてるんじゃねえよ」
中からドアを開けて俺の腕を引っ張った。
本当は自分で開けたかったから、ちょっとだけつまんなかったけど。
でも、中野んちに帰ってきたのが嬉しかったから、ニコニコ笑って「ただいまー」って言った。
でも、まだ思いっきり息が切れてて声がかすれてたから、中野に不審そうな顔をされてしまった。
「誰かに追いかけられたのか?」
なんでそういう質問になるのかわかんないんだけど。
「ううん、寒かったから走ってきただけ」
普通に答えたら、中野が「ふっ」て息を抜いて。
それから、ちょっと普通の顔にもどった。
「変わったことはなかったか?」
中野が俺に話しかけるのはすごく珍しいことだし、しかも変な質問だし。
「うん、別に」
何かあったのかなって思って、もう一度帰ってくる途中のことをよく思い出してみたけど、別にこれといって何も思い浮かばなかった。
「……中野に報告できるような変わったことがあれば、もっと長く話せるのになぁ……」
少し離れてマンションの廊下を歩きながら、ちょっと残念に思った。
もちろん、悪いことならない方がいいって分かってるけど。
「あ、待って。部屋は俺が開けるー」
鍵を入れて回してから、暗証番号を入れた。
「いいよー」
中野の部屋のドアを開けちゃったもんねって思って、俺が一人で感激に浸っている間に中野はさっさと部屋に入っていった。
待ってよ、って思いながらもたもたと靴を脱いでたら、急にパンツの尻ポケットが引っ張られた。
「どこで破いたんだ?」
「え?」
自分で触ってみたら、パンツのポケットは中の生地がちょっとはみ出ていて、ふちの部分が破れていた。
「……わかんない。今日、替えたばっかなんだけどなぁ」
北川の事務所から洗ってあるやつを持ってきて、帰りに着替えただけなのに。
「途中で転んだりも引っ掛けたりもしてないし……」
じゃあ、前から破けてたってこと?
そんなはずないよなぁって思ったときに、やっと思い当たった。
「……あっ……そうだ」
眠くてちょっと忘れてたけど。
「店にドロボウが入って、ロッカーの荷物が荒らされたから。きっとその時、破けたんだ」
原因がわかってホッとした俺とは対照的に、中野の顔は険しくなった。
「泥棒?」
「うん。俺はぜんぜん金持ってなかったから何も盗られなかったけど、他の二人は財布から金を抜かれたって」
いくら取られたかちゃんとは聞いてなかったけど。
たぶん1〜2万くらいだったと思う。それも話した方がいいのかなって思ったけど。
「それだけか?」
「うん、それだけ」
その話はもう終わりなんだろうなって思ってたのに、中野はもっと険しい顔になって。
「ちょっと来い」
俺をリビングに連れていった。
それから、俺の紙袋を取り上げて中味を全部テーブルの上に出した。
Tシャツ1枚、短パン1枚、綿のシャツ1枚。パンツ1枚。
シャツもパンツもポケットだけがひっくり返っていて。
「そんなとこに金入れたりしないのになぁ……」
バカなヤツって思って、俺はちょっと呆れてたんだけど。
中野は不機嫌な顔のままで俺をソファに座らせた。
「他に変わったことは?」
「ううん。別に」
なんでそんなことを聞くのか、先に理由を話して欲しいよなってちょっとだけ思ったけど。それは会話が終わって寂しくなったら聞けばいいから、その時まで取っておくことにした。
「よく考えろ。店に変わった客は来なかったか?」
今日来た客を座ってた順番どおりに思い出した。
「ううん、常連のオヤジしかいなかった」
週末なのに新規客が来ないなって、北川ががっかりしてたし。
それは間違ってないはず。
「出入りの業者は?」
なんか、俺には関係ないような難しい話になって。
「そんなことまで知らないよ」
バカにされるとは思ったけど正直に答えた。
「従業員は?」
「新しいバイトが3人入ったみたいだけど、俺が店にいる間に来たのは一人だけだったし。すごくフツウのヤツだったよ」
エイジと違って目立たない感じの、本当にすごく普通のヤツ。
普通すぎて、もう顔もあんまり思い出せないくらいだった。
「そいつの名前は?」
名前なんて聞かなかった。エイジがそいつを呼んでたような気がするけど……眠くて忘れてしまった。
「わかんない。エイジに聞けば知ってるかも」
呼んでたのは俺の気のせいだったとしても、店で仲良く話してたから名前くらいはちゃんと聞いてるはずだ。
そしたら、中野は黙って携帯を出して、電話をかけ始めた。
「中野ってエイジの電話番号知ってるの?」
前に何回か会ってるんだから、知ってても不思議じゃないよなって自分を慰めてみたけど。
「ああ、そうだ。店の被害状況は?」
電話の相手は北川だった。
「それから新しいバイトの名前と……」
よく考えたら、採用したのは北川だから、一番よく知ってるんだよな。
でも。
「逃げたらしいな」
中野はそう言って携帯を置いた。
「えー?? 逃げたって、新しいバイトのヤツ?? だって今日が一日目だったんだよ? それに金だって盗られて……」
そこまで言ったら、中野が冷たい目でこっちを見た。
「なに?」
「ったく……簡単に騙されるヤツだな。そんなもん自作自演に決まってるだろ」
ジサクジエン?
ってことは?
「……ロッカーに置いてある金を盗るためにだけにわざとやったの?」
盗られた金なんてホントに少しだけだって言ってたのに。
「だったら、2〜3日バイトしたらすぐに稼げるのになぁ……なんでそんなことするんだろ?」
すっごく不思議だったけど、中野はそれ以上の説明をしてくれなかった。
その代わり、すぐ隣に座ると俺の顔をクイッと自分の方に向けた。
「んんー? なに?」
ここでヤルのかな、って思ったけど。
「おまえ、前はどこに住んでた? 住所と電話番号くらい覚えてるだろ?」
なぜかそんなことを聞いてきた。
「なんでいきなり違う話になるのー?」
そう聞き返したら、「ちゃんと答えろ」って怒られてしまった。
「んーと、ここに来る前は、どこかの大学の学生が住んでる大久保のアパートに置いてもらってて、でも、住所とかそういうのは……」
なんにも教えてもらってないもんなって思って。
「あ、でも、歩いていけばどの辺なのかは思い出せるかも」
言いながら一生懸命記憶を辿りはじめたけど、中野が知りたいのはそんなことじゃなかった。
「親と住んでた場所だ」
「そんなのもう一年くらい前のことだよ?」
今日は変な質問ばっかりされるけど。
「いいから、答えろ」
中野はちゃんとこっちを見てて。だから、俺はちょっと嬉しくて。
「えっとねー」
郵便番号と住所と電話番号を言って。母さんの名前を言って。
もういいかなって思ったのに、もう一度言わされて。
その後、ペンと電話用のメモを渡された。
2回言ったくらいじゃ覚えられないもんなって思って、できるだけキレイな字で書いて中野に渡した。
「でも、アパートだから、もう他の人が住んでると思うよ?」
なんでそんなこと聞くのか、ちゃんと説明してくれるかもって思って待ってたけど。
その後、中野はもう何も言わなくて。
俺を風呂に追いやってから仕事部屋に行ってしまった。
「つまんないのー……」
せっかくいっぱい話せたのに。
「風呂に入ってる間に、中野と話すこと考えなきゃ」
何を言ったら答えてくれるかなって一生懸命頭をひねってる途中で。
「うあっ……」
手紙のことを思い出して、あわてて泡を流して風呂を出た。
それから、バスタオルを羽織ったままのカッコで中野のところに走っていった。
「あのさ、手紙……掃除してるときに、落として、もちろん、ちゃんと伸ばしたけど、でも、」
そう言いながら、ノックもせずに駆け込んだら、中野はその手紙を見ていた。
「……ごめんなさい……俺がやったの」
きっと大事な手紙なんだから。
怒られても仕方ないなって思ってたんだけど。
中野はいつもとぜんぜん変わりなくて。
「いいから、さっさと服を着て来い」
他は何にも言わなかった。
怒られなくてよかったけど。
「……うん」
怒られた方がたくさん話せたかもしれないって。
ちょっとだけ思いながら、風呂場に戻った。



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