Tomorrow is Another Day
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昼前に闇医者から診療所に電話がかかってきて、もうちょっとかかるから先にお昼を食べてねと言われた。
「うん、わかった。じゃあね」
もうちょっとってどれくらいだろうって思ったけど。
でも、午後には患者モドキも遊びに来るから、きっと戻ってくるはずだし、言われたとおりにご飯を食べて待ってることにした。
「どうした、マモルちゃん。先生、何だって?」
「もうちょっとかかるって」
そしたら、小宮のオヤジがおごってくれるって言うから、喜んでついていった。
食べながら倉庫の片付けの件を確認して。
「じゃあ、年末にね?」
日にちを決めて。
本当に年末だし、ちょっとクリスマスプレゼントっぽくないんだけど。
「いやあ、助かるなあ。うちの奥さんがうるさくてね」
でも、喜んでくれるんだから、まあいいか。


二人で楽しくお昼を食べてから、診療所に戻ると闇医者が帰ってきてて。
ついでに、なぜか中野もいた。
「すみません。お呼び出しして」
どうやら闇医者が呼んだみたいだったけど。
「じゃあ、診察室へお願いします」
いきなりそんなことを言うから。
「……中野、どこか具合悪いの?」
すごく心配したのに、
「悪いのは中野さんじゃなくて、マモル君だよ。おいで」
俺まで一緒に連れていかれた。
「なにー?」
俺、なんかしたかなって考えてみたけど、別にそれで呼ばれたわけじゃなくて。
「じゃあ、マモルくんの健康診断の結果を渡します」
それを聞いてなぁんだって思った。
闇医者が持ってたのは封筒。手書きなんかじゃない打ち出された紙が何枚も入ってた。
「わー、たくさん書いてある。あ、俺ね、ホントに5センチ伸びたんだよ?」
って中野に言ったけど、やっぱり無反応だった。
「マモル君、喜んでちゃダメだよ。いろいろ言わなくちゃいけないことがあるんだから」
いろんな数字とか、評価が書かれた紙を見ながら、闇医者が少しだけ眉を寄せた。
「え? 大丈夫って言われたのに?」
俺も驚いたけど。
ぜんぜん聞いてなさそうだった中野までちらっとこっちを見た。
「簡単に言うと栄養状態にかなり問題あり。今時の子だと野菜不足は普通だけど。マモル君のはそんなレベルじゃないからね。ちゃんとバランスの取れた食事をしないと。ひどすぎるよね、これじゃ……中野さん、聞いてます?」
それをなんで中野に言うのかは分からないんだけど。
「でも、最近はちゃんと1日2回はご飯食べてるんだけどなぁ……」
「それじゃダメでしょう? 3食決まった時間に食べて、早寝早起きして、少し運動もしないとね。野菜も食べないとダメだよ。コンビニのおにぎりとかハンバーガーばっかりじゃなくて……中野さん、聞いてます?」
いちいち中野に言うんだけど。
「ねー、それって中野に関係あるの?」
俺の健康診断なのに。
中野なんてぜんぜん興味なさそうにしてるのに。
「中野さんが健康診断しろって言ったんですよ。ちゃんと結果も聞いて、改善策を考えてあげてくださいね」
闇医者が怒っても。
「ガキじゃねーんだから、自分でなんとかするだろ」
ぜーんぜん、知らん顔だった。
「また、そういうこと言って。マモル君がちゃんとご飯を食べてるかくらいは気にしてあげてください。ここまで栄養が偏ってる子、今時いませんよ?」
闇医者が本当に真剣に怒るから、中野も面倒になったみたいで。
黙って財布から1万円札を抜き取って俺に差し出した。
「へ?」
俺がぼんやり受け取らずにいたら、札はすぐにビシッと闇医者に取り上げられた。
「そうやってなんでもお金で片付けるの、やめてください」
なんだか、中野が怒られてばっかりなんだけど。
「……ねー、闇医者、中野を怒るのって変じゃないの?」
ちょっとだけ聞いてみたら。
「変じゃないよ。いいの、マモル君は黙って聞いてて」
俺も怒られた気分になった。
でも、中野はぜんぜん気にしてなくて。
……っていうか、聞いてないのかもしれないんだけど。
「で?」
言ったのもそれだけで。
質問が短すぎて中野が何を聞きたいのか俺には分からなかったけど、闇医者は当たり前みたいにちゃんと答えた。
「他は大丈夫ですよ。でも、骨密度とか測ったら相当低いと思いますけど。とにかく、いろいろ気をつけてあげないと」
闇医者の話はまだ続きそうだったけど。
中野はそれだけ聞いたら、さっさと帰り支度を始めてしまった。
「中野さん、そうやってすぐ逃げないでくださいね」
闇医者の声なんて全然聞こえてないみたいに靴を履いて、さっさとドアを開けて出ていった。
「ちょっと、中野さん、お金っ……」
何も言わずに出ていった中野を追いかけて、ドアを開けたけど。
でも、中野はもうずいぶん先までいってしまっていて。
「もう……あとで電話しますからねっ?」
背中に向かって闇医者が叫んだけど、たぶん、聞いてなかったと思う。
戻ってきた闇医者は本当に呆れていて。
「まったく、どう思います、小宮さん」
ため息混じりに肩をすくめて。
「何がだい?」
中野から取り上げた1万円札をヒラヒラさせながら小宮のオヤジに見せた。
「こうやってなんでもお金で片付けようとする男です」
「そう言われてもなあ……」
小宮のオヤジはいつもと同じでお茶を飲みながら笑ってるだけ。
そのまま闇医者へは返事をしないで、かわりに俺に質問してきた。
「マモルちゃん、ヨシ君のことどう思うってさ?」
そのとき、俺は自分の健康診断の紙を読んでいたから、『ヨシ君のことどう思う?』の部分にしか反応できなかった。
だから、
「……好き」
って正直に答えたのに。
闇医者はすごく困ったような顔で笑ってて。
小宮のオヤジには頭を撫でられてしまった。



夕方、そろそろ診療所を出て散歩しながら店に行こうかなって思って外を見たら、もう雲行きが怪しい感じで。
「雨降るの夜中だよね?」
小宮のオヤジに確認したけど。
「天気予報も外れることがあるからなあ」
そんな返事にがっかりした。
「じゃあ、また明日ね」
まだぜんぜん明るい時間だったけど、店に行く前に降られると困るから、早めに診療所を出ることにした。
「最初はここをまっすぐで」
復習のつもりで中野の書いた地図の通りの道順で北川の店に向かう。
大きな通りをまっすぐ行って、わりとにぎやかな道に入って、最後にちょっとだけ人のあんまりいないところを歩いて。
なんだかゲームみたいで楽しかった。
「もう、すっかり覚えたもんね。こんにちはー」
こんな時間じゃ掃除当番以外は誰もいないかもって思いながら正面ドアから入ったら、やっぱり静まり返ってて。電気もついてなかった。
もちろん、掃除なんてぜんぜん終わってなさそうな感じだった。
「掃除当番、誰だよー?」
ロッカー室に行って壁に貼ってある当番表を見たら、エイジの名前。
「鍵が開いてたから、来てはいるんだろうけど」
いたとしてもエイジじゃ掃除なんてちゃんとやらないだろうし。
「代わりにやろうっと」
掃除機とモップを持ってフロアに行こうとしたら、裏口の方から声が聞こえて。
そろっと覗いて見たらドアの前にエイジがいた。
見たことのない大きな男と一緒だった。
「……新しいバイト?」
それにしては若くもなくて。だからと言って客でもなさそうで。
彼氏かと思ったけど、そんな雰囲気でもなくて。
「じゃあ、なに?」
二人して厳しい顔でひそひそと話をしてた。
もちろん声は聞こえなかったけど。
男は中野がいつもしてるみたいに書類サイズの封筒をエイジから受け取って、カバンに入れた。
それから、エイジに何かを渡した。
「……あれ……お金?」
なんとなく見てはいけないものを見てしまった感じだったから。
慌てて、でも、そっとフロアに戻った。
ここで掃除機なんてかけたら、今来たことを気づかれてしまうと思って、とりあえずは静かに拭き掃除だけをした。
その後もぜんぜんエイジはフロアに来なかった。
「店、開ける時間になっちゃうのに」
はじめはちょっとムカッとしたけど、黙々と掃除をしてたら、いつの間に集中してた。
だから、座り込んでモップがうまく届かないような隅っこを磨いてる時にエイジが後ろに立っていることにも気づかなかった。
テーブルと椅子の間をちょこちょこ動きながら、せっせと拭いていたら、不意に襟を引っ張られて。
「え……なに?」
振り返ったら、エイジが笑ってた。
「マモル君、首にリボンをつけるようなご主人様がいたんだ?」
何の話かぜんぜんわからなかったんだけど。
固まってたら、するするっと首筋を通っていく感触があって。
「あれ? 首輪じゃなくて、お守りか何かなのかな?」
ニヤニヤ笑いを浮かべたエイジが手にしていたのは、俺のリボンの端っこ。
めいっぱい引っ張られたせいで、服の下に隠してた鍵が襟元から零れ落ちた。
「勝手に触るなよ!」
慌てて怒ったけど、エイジはニヤニヤ笑ったまま。
それがよけいに嫌な感じだった。
「ふうん。鍵なんだ。中野さんのマンションの?」
薄暗いフロアのわずかな明かりにキラリと光る金属を見て、エイジの表情が少し変わったような気がした。
「そんなの、エイジに関係ないじゃん」
エイジの手からリボンを奪い返して、また服の中に鍵を隠した。
せっかく代わりに掃除してあげてたのに。
なんだかやる気がなくなってしまった。
「俺、もう掃除やめるから、あとはエイジが自分でやってよ」
雑巾をバケツの中に放り投げて手を洗いに行こうとしたら、エイジに止められた。
「もしかして、中野さんに仕事頼まれてるの?」
またしても、なんだか全然分からなくて、思わず眉が寄ってしまった。
「誰かから書類、預かったことない? あと、小さな封筒とか」
そう聞かれて思い返してみたけど。
「……お金なら、預かったことあるけど」
それだって、もうずっと前だ。北川の友達っぽい怪しげなオヤジに渡された金。
顧問料とかいうヤツだった。
でも、あの時だって中野は俺のことなんてちっとも信用してなくて、自分で北川の事務所まで取りに来たんだよな。
「なんでそんなこと聞くの?」
ムッとしたまま聞き返したけど、エイジはそれには答えてくれなかった。
「ふうん……そう」
ただ、そう言って。そのあとは何か考えてたけど、すぐにまたニヤッて笑ってバケツに手をかけた。
それから、布巾をジャーって絞って、その辺を拭き始めた。
勝手に話しかけてきたくせに、勝手に止めるんだもんなって思ったけど。
それ以上、話なんてしたくもなかったから、さっさと洗面所に行こうとしたんだけど。
「ねえ、マモル君」
また、呼び止められた。
「まだ、なんかあるの?」
ちょっとイライラしながら返事をしたら、くすくすって笑われて。
それから。
「……マモル君って、香芝さんの亡くなった弟に似てるんだって?」
突然、そんなことを言った。
俺のことをまっすぐに見たまま。
でも、やっぱりバカにしたみたいに笑ってて。
「……だったら、なに?」
さっきまでの話ともぜんぜん関係ないし。
それに、やっぱりエイジには何の関係もないことなのに。
たらたらといい加減にその辺を拭きながら、また笑って。
「別に、何って言うんじゃないけど。今日、北川さんがそんなこと言ってたから……ありがとう、掃除してくれて。もうそろそろ早いお客さん来るから、着替えておいでよ」
そのままバケツとモップを片付けに行ってしまった。
なんで北川がエイジにそんな話をするんだろう、とか。
預かったことがないかって聞かれた書類のこととか、さっき一緒にいた見慣れない男のこととか。
いろいろ引っかかってたけど。
「やあ、マモルちゃん、今日も早いね」
北川と最初の客がフロアに入ってきたから。
「マモ、電気くらいつけろよ。まだ全部用意できてないんだな。……ああ、当番はエイジか」
灰皿を取りに行く北川を目で追いながら、
「……うん」
中途半端な返事をして。
「マモルちゃん、普段着も可愛いねえ。寒くないの?」
「え? ああ、うん。あんまり」
そのまま客の隣に座らされて、話し相手をさせられて。
頭の中を整理するひまもないまま、そのことはうやむやになってしまった。



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