Tomorrow is Another Day
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翌朝、お腹が空いて目が覚めた。
何時なのかは分からなかったけど、もうスーツ姿のおじさんたちが駅に向かって歩いていた。
「ちゃんと寝られてよかったぁ……」
上から吹き出している空気は朝になってもまだ暖かいままだったけど。
だからと言ってホカホカなわけじゃなくて。
「今日はもっとたくさん新聞集めてこようっと」
新聞のほかにも何か暖かそうなものはないかなってキョロキョロしていたら、路地の前を通りかかったノラネコと目が合った。
「いいものみっけ」
ふかふかで気持ちよさそうだなって思いながら手を伸ばしたら、ネコはすごく嫌そうな顔でどこかへ行ってしまった。
「ネコだって一人で寝るより俺と一緒の方があったかいと思うんだけどなぁ……」
そんな小さなひとりごとまで、うっすらと白い息になった。
もうすっかり冬だもんなって思いながら見上げた空は、闇医者のビルの屋上よりも青く感じたけれど。
でも、ずっとずっと遠くて冷たいような気がした。
「……なんか、帰りたくなっちゃったなぁ……」
一人で頑張るって決めてから、まだ一日しか経ってないのに。
「だって、寒いんだもんなぁ」
でも、それはきっと言い訳で。
本当は、中野も闇医者もみんないないってことが嫌なだけ。
忙しそうに駅へ向かう人たちはみんな変な物を見るみたいにチラッと視線を投げて、そのあと何もなかったように通り過ぎて行く。
だからどうっていうんじゃないけど、なんだか自分だけすごく仲間外れみたいな気がした。
「……別に、いいもんね」
強がりを言ったら、よけいに寂しくなって、慌ててギュッと唇を結んでみたけど。
結局、少しだけ泣いてしまった。
帰るところがあったら……なんて、こんなに強く思ったことはなかったのに。
誰でもいいから、側にいたくて。
「……ネコ、どこへ行っちゃったのかなぁ」
探してみたけど、その間も涙は止まらなくて。
朝からこんなところで泣いてたら、絶対に変なヤツに見えるだろうなって思ったから。
涙が乾くまで新聞の中に埋もれることにした。
どうせ昼間はやることなんてないんだからって思って、新聞を被って飽きるまで泣いた。
こんなところを闇医者が見たら、きっとすごく心配するけど。
今は一人だから。
もう、闇医者を心配させなくていいんだから。
中野だって、悲しい気持ちにならずに済むんだから。
だから、これでいいんだって言い聞かせて。
もう一度、一人で頑張る決心がつくまで、好きなだけ泣けばいいって。
そう思いながら、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。



すっかり日が高くなった頃に目が覚めて。
天気がよかったから、少しだけ気分も軽くなった。
「夜は寒くて寝られないかもしれないから、今のうちにたくさん寝ておこうっと」
広げた新聞をたたみなおして、脇に抱えて公園に行ったけど、さすがに冬だから誰もいなかった。
たまに犬の散歩をしてる人が来たり、ベビーカーの赤ちゃんとお母さんが通るくらいで。
でも、日当たりはいいし、風もなくて、それなりに気持ちよく寝られた。
「これから毎日こんな生活なんだもんな。早く慣れないと」
中野に会う前はずっとそんなことをしてた。
それと同じはずなのに。
「……あの頃って、何が楽しかったのかなぁ……」
思い出そうとしても、浮かんでくるのは中野や闇医者や他のみんなのことばかりで。
一人だった頃のことはなんにも思い出せなかった。
でも、なんとかやってきたはずなんだから。
「これからだって同じようにやっていかれるはずだよね」
何度もそう呟きながら、夕暮れの空を見上げて。
それから、またコンビニの前に戻った。


店は隅から隅までクリスマスの飾りつけがされていて。
中を覗き込むとお菓子のつまった赤いブーツが見えた。
「クリスマスまで、あと何日あるのかなぁ……」
中野が持ってた紺色の紙袋。
大きくてキラキラしたリボンがかかってた。
「誰にあげるのかなぁ……やっぱ、アイツなのかなぁ」
アイツより可愛い人なんて、なかなかいないから。
きっとそうなんだろうなって思うけど。
「でも、ちゃんとお願いしてるんだから、早く新しい恋人見つけてよね」
どんな人なら中野に似合うだろうって考えながら、買い物を済ませて帰っていく人を眺めていた。

今でも中野は闇医者の弟のことを忘れられずにいるけど。
でも、アイツのことはすごく大事にしてた。
それはきっと死んじゃった弟の代わりなんかじゃなくて。
アイツ自身が大切だったから。

名前を呼ぶ声。
優しいキス。
まっすぐに見つめてた。
いつだって、アイツだけ。
すごく大切そうに見つめてた。

思い出したら、またギュッと胸が痛くなって。
最後の日の中野の横顔が通り過ぎた。
「……もう、忘れるって、決めたのにな……」
中野のこと。
今までのこと。
全部忘れてしまったら。
俺の中には、もう何にも残らないだろうけど。
「……でも、いいよね」

全部なかったことにしてしまえるなら。
中野のそばで「ごめんね」って思いながら過ごすよりも。
きっと、つらくないはずだから。





何を考えても寂しくなるばっかりで。
しかも、日が落ちるとどんどん寒さが増していく。
でも、たった一人でぼんやりしているしかなくて、店を出て行く人を数えながら夜を待っていたけど。
「……あれ?」
一時間くらい何気なく眺めていたら、客の中に何度も店に買い物に来てる人がいた。
「何してる人だろ。近くで働いてるのかなぁ……?」
男は地味なスーツ姿で、そんなに若くもなくて。
それに、ちょっとヨレヨレして疲れた感じだった。
最初は掃除用の洗剤とかペーパータオルとかを買って帰った。
次に来たときは袋の中身はよく見えなかったけど、たぶん小さ目のノートみたいなもの。
それから、最後に来たときはビールとつまみ。
「なんか、よく分かんない買い物だなぁ」
コートを着てなかったから、きっと近くの人なんだろうって思ってたら、コンビニの上に住んでるらしくて、すぐ脇のドアに消えていった。
「なぁんだ、ここの人なんだ」
特別優しそうでもないし、かっこよくもないんだけど。
「でも、ここに住んでるなら明日も会えるもんな」
マンションの玄関に張り付いて中を覗き込んだら、エレベーターは8階で止まってた。
「今度会ったら話しかけてみようかなぁ。返事してくれるかもしれないし。……ちょっと楽しいこと見つけてよかった」
こんなことでも、知らない街で何の取っ掛かりもないよりはずっと楽しいはず。
そう思ったら、少しだけここに馴染めそうな気がしたから。
「この気分のままもうちょっと頑張ろうっと」
そう決めて。
すごく寒かったけど客を探しに行った。



本当に頑張ろうって思ってたのに。
二時間頑張ってみたけど、ぜんぜん誰にも相手にされなかった挙句、
「ガキはさっさと家に帰りな」
どこかのオヤジにそんなことを言われて。
「……もう、今日はやめようかなぁ」
残ってたエネルギーがすっかりなくなってしまって、シュンとしてコンビニの前に戻った。
しかも、ビルの隙間に降っていた暖かい空気も今日はちょっとしか流れてこなくて。
「昨日よりずっと寒いかも……」
そのまま呼吸をすると身体が冷たくなりそうだったから、口と鼻に袖口を押し当てて、できるだけ少しずつ息を吸い込んだ。
ついでに昼間集めた新聞紙を全部広げて包まってみたけど。
身体はすっかり冷えてしまって、あっという間に手足の感覚がなくなってしまった。
「よく考えてみたら、今日もなんにも食べてないし……だから寒いんだよな、きっと」
中野にもらった金をちょっとだけ使っちゃおうかなって思って。
コンビニの中を覗き込みながらポケットの中の一万円札を取り出してみたけど。
「でも、これがなくなったら、本当になんにも残らないもんな……」
やっぱりこれだけは最後の最後まで取っておこうって決めて。
新聞に包まったまま、明日のことを考えた。
すぐにでも客を探さなきゃいけないってことは俺にも分かってたけど。
まだそんなに遅い時間じゃないのに、通りの明かりが一つずつ消え始めて、諦めムードに拍車をかけた。
「寒いなぁ……」
ちょっと顔を出すとマンションに入っていく人が見える場所だけど、誰一人俺がいることに気付かないみたいだった。
「なんか、変な感じ」
そう思ったら、急に全部がどうでもよくなって。
「寝ちゃおうかなぁ……」
目を閉じて、ヒツジを数えてみたけど。
まぶたに浮かんできたのは中野が捨ててしまったヌイグルミ。
「これって、全然ヒツジじゃないじゃん」
何を考えても、中野といた日の記憶に繋がっていく。
わずか半年くらいの間の出来事。
なのに。
忘れるまでには、いったいどれくらいの時間が必要なんだろう。
「十年経っても忘れられなかったら、つらいよなぁ……」
もう一度目を閉じたら、やっぱり中野の横顔が浮かんだ。
今なら、窓の外を見てた中野の気持ちも、少しだけ分かるような気がした。




寒くて絶対に寝られないと思ってたけど。
いつの間にかうとうとしてたみたいで、自分の頭に何かが降ってきたとき、夢なのか現実なのか分からなかった。
「……うんんっ……?」
半分寝ぼけたまま目を開けたら、髪からポタポタと水滴が落ちていた。
「……うあ……なに??」
目の前に酔っ払いの男。
手には空のペットボトル。
「なぁんで、こんなとこにガキが寝てんだよ?」
完全に酔っ払いって感じで目が据わってた。
どうやら誰もいないと思って、ペットボトルの中味を捨てたらしい。
頭だけじゃなくてシャツとパンツにまで被害を及ぼしていた。
匂いからすると、中味はお茶だったみたいだけど。
「……う……冷たい……」
ため息をつきながら服を眺める俺に、
「ああ? なんだ、文句があるのか?」
酔っ払いはふふんって笑っただけだった。
この分じゃ何を言ってもダメだろうなって思ったから。
砂糖入りのコーヒーなんかじゃなくてよかったなって諦めることにした。
けど。
「おまえ、家は遠いのか? だったら、シャワー貸してやってもいいぞ。ほら、この上だから」
男が近づいて俺の顔を覗き込んで、ちょっとだけ優しそうに笑ったから。
じっと見返したら、今日、何度もコンビニに来てたよれよれスーツのヤツだった。
なんだか前からの知り合いみたいな気がして。
ついでにすごくホッとして。
「……ホントに行っていい?」
差し出された手につかまってみた。
そしたら、
「うわ、なんだよ、この手。冷てえな」
そう言ったかと思うと、いきなり俺の手を振り払ったけど。
俺にはもう感覚がなくて、自分がどれくらい冷たいのか分からなかった。
もちろん、男の手の体温もぜんぜん感じなかった。
「なんだよ、おまえ、家出でもしたのかぁ?」
相変わらず酔っ払いっぽい大声でそんなことを聞かれて。
「……うん」
本当は違うんだけど、ちょっとだけ嘘をついた。
だって、そう言わないと怪しいと思われて警察に連れて行かれるかもしれないし。
「仕方ねえな。じゃあ、今日は泊まって行け。もう子供が出歩く時間じゃないしな。明るくなってから帰れよ」
また、ふふんって笑われて。
「……いいの?」
酔っ払いなんだけど。
今もなんとなく疲れてる感じなんだけど。
「ああ」
そう言って笑っても、やっぱり優しそうには見えなかったけど。
でも、一晩泊まるくらいなら大丈夫な気がしたから。
「……ありがと」
そう答えて立ち上がった。
ホントのことを言うと、このままここにいたら寒くて死にそうだったから。
ちょっとくらいなら大丈夫じゃなくてもいいやって思ってた。



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