Tomorrow is Another Day
ものすごくオマケ


 


<その2> はじめて入院した。

昼間、ふらふら散歩してたら、変なヤツにつかまってしまって。
「ふみーみーみーみー」
って必死に叫んでみたけど、あっという間に薄暗いビルに連れ込まれた。
今は使ってなさそうな事務所の跡地には鳥の羽や猫の毛が散らばってて、男の手にはナイフが握られてた。
慌ててそいつを引っかいて、走って逃げたけど。
「やだ、来るなよっ、来ないでってばー」
すぐに追いつかれてしまって、摘み上げられて。
それでも頑張ってキックしたり、ひっかいたりしたら、男の手から血が出て。
俺はそいつの足元に落とされた。すぐ目の前は非常階段。ドアも半開きだった。
うまく着地できなくて、手も足も痛かったけど。
でも、頑張ってそこから逃げようとしたのに。
「ふざけんなよ」
その一言と一緒に、思いっきり蹴飛ばされて、階段の下まで転がり落ちた。
そいつは階段の上からこっちを見てたけど、下まで降りてはこなかった。
そのうち非常ドアが閉まって、男はどこかへ行ったみたいだった。
「……よかったかも」
早く起き上がって安全なところに逃げなくちゃって思ったけど。
どんなに力を入れても、手足がピクピクするだけで身体はぜんぜん動かなくて。
「このままだとカラスにつつかれちゃうかも……それとも、生ゴミと一緒に捨てられちゃうのかなぁ……」
どっちがマシかなって考えたけど、結局よくわからなくて。
「どっちでもおんなじってことだよね……」
そう思いながら、立つことを諦めた。
だって、あちこちが痛くて、視界がかすんで、頭がぼーっとして。
もう、起きてることができなかったから。
「もう一回、遊びに行きたかったなぁ……」
アイツのお腹の上はあったかかったなって思いながら、悲しい気持ちで目を閉じた。



意識が戻ったとき、俺はちゃんとベッドに寝かされてて。
「ふみー……?」
薄目を開けたらお兄さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「気がついた、子猫ちゃん?」
そいつはメガネをかけてて、白衣を着てて。
お医者さんに似てたけど、でも、すごく優しそうだった。
「ここ、どこ?」
でも、よく考えたら俺はネコだから、言葉なんて通じるはずないって思ったのに。
「病院だよ。ケガが治るまではここにいてね?」
こいつにはちゃんと俺の言葉が通じるんだ。
「俺の言ってること、わかるのー?」
「わかるよ。だから何かあったら遠慮なく言ってね」
ケガをしてなかった方の頬をなでられて。
すごいなぁ、って思ってちょっと嬉しくなって。
「うん、ありがと」
なんとなく母さんのことを思い出した。
「大変だったね。痛むでしょう? お腹空いてない?」
敷いてあったタオルもふかふかで、お日さまの匂いがした。
「……すいてるかも」
っていうか、すごく空いてた。
だって、昨日の昼に公園でご飯を食べてたお姉さんにお弁当のおかずをもらっただけで、あとはなんにも食べてなかったから。
「待っててね。すぐに用意してあげるから」
きれいな手と長い指のそいつは、ミルクでふやかしたカリカリをちっちゃなスプーンで食べさせてくれた。
ちゃんと病人食なんだなぁ。
入院してるって感じだって思って。
「ありがと」
もぐもぐしながら、お礼を言ったら、メガネのお兄さんはニッコリ笑って「早く治してね」って言ってくれた。
一生懸命ご飯を食べてたら、隣のベッドに座ってたオヤジも傍にきて俺の頭をなでてくれた。
「そんな変な人がうろうろしてたんじゃなあ。早く警察に捕まるといいねえ。せっかくケガが治っても安心して遊びにいけないからなあ」
普通のオヤジだけど、でも、すごく心配してくれてるのがわかった。
もしかして、コイツが拾って病院に届けてくれたのかなって思って。
「ねー、おじさんがここに連れてきてくれたの?」
って聞いてみたけど。
「いやあ、連れてきたのはヨシくんだよ」
そんな返事だった。
ってことはもう一人「ヨシくん」って言う名前の優しい人がいるんだなって思って喜んでたんだけど。
「捕まるヤツが悪いんだ。そいつが鈍いだけだろ」
どこかで聞いたことのある声がして。
ちょっと首を動かして見たら新聞を広げたアイツが座ってた。
「やだな、中野さん。この子じゃなくたって捕まりますよ。かなり悪質らしいですから」
メガネのお兄さんが味方をしてくれた。
そうだよ、鳥の羽とかも落ちてたんだから、って言おうとした時、オヤジも応援してくれて。
「そうだよ、こんなちっこいんじゃ無理ないって。なあ」
みんなこんなに優しいのに。
「ネコのくせに頭から床に落ちたんだぞ」
コイツだけは俺にちょっと冷たかった。
床にだって自分で落としたくせに。
それって、ひどいよな……。
ご飯を飲み込みながらムッとしてたら、メガネのお兄さんが優しく口を拭いてくれた。
「仕方ないですよ、まだ小さいんだから。ね?」
そう言うんだけど。
でも、俺、そんなに小さくないのにな。
「おうちはどこ? お母さんとはぐれちゃったのかな?」
それって、俺をいくつだと思ってるってこと?
あ、それよりも。
もしかして、今、俺が食べてるのって。

……離乳食?

なんか、そんな気がしてきた。
でも、おいしいから、それでもいいやって思うことにした。
「母さんはもう死んじゃったんだー」
「そうなの? 変なこと聞いてごめんね」
「ううん。いいよ。仕方ないもんな」
「それでヨシくんに拾われたのかあ。いいとこあるな、ヨシくんも」
「よかったね、いい人に拾われて。お金持ちだから、おいしいものたくさん食べて大きくなるんだよ?」
「うんっ」
俺、「ヨシくん」って人に拾ってもらえるんだ!!って喜んだのに。
「拾ってねえよ」
冷た〜く答える声が聞こえた。
……ってことは、コイツが「ヨシくん」なの?
「じゃあ、この子どうするんですか?」
困った顔になったお兄さんの方なんてぜんぜん見ないでアイツが答えた。
「また捨ててくる」
ぜんぜん俺のこともらってくれる気なさそうなんだけど。
でも、助けてもらっただけいいってことに……しておこうかなぁ……。
なんだか寂しくなってるところに、オヤジがまた追い討ちをかける。
「また変なのに捕まったりしたら、今度こそバラバラ死体にされるよなあ?」
そんなこと聞いちゃったら、寝られなくなっちゃいそうだし。
急に心配になってメガネのお兄さんを見上げたら、ニッコリ笑って俺にウィンクした。
「捕まらなきゃいいだろ」
「でも、まだこんなに小さいのに……困ったな。僕のマンション、ペット禁止だし。いくら闇医者だからっていっても、診療所は動物ダメなんだよね。小宮さんのところは奥さんがネコアレルギーでしたよね?」
「そうだよなあ」
あそこのうちはどうどか、ここはどうとか、二人でいろいろ考えてくれたけど。
結局、俺の行き先は見つからなくて。
「でも、治るまではここにいていいからね」
診療所の物置にふわふわタオルでベッドを作ってもらって、しばらくそこに入院することになった。
「名前はなんていうのかな? カルテを作らなくちゃね」
闇医者が他の患者さんと同じように俺のも書いてくれるっていうから。
「まもるー」
書いたら見せてね、ってお願いして名前を教えた。
……ちょっと楽しみかも。

「わー、ふかふかだ」
物置の窓際に作ってもらったベッドは、日当たりもよくて、外も見えて、なんだかとってもいい感じだった。
ケガしたところはまだちょっと痛かったけど、ちゃんとご飯ももらえたし、本当は「闇医者」と言う名前のお兄さんも「小宮」という名前のオヤジも患者モドキもみんな優しかった。
「……でも、男の人ばっかだなぁ……」
しかも、ちょっと怖そうなお兄さんもたくさんいたりする。
でも、みんな自分の診察の帰りに俺におやつを持ってきてくれる。
「ねー、仕事はいいの?」
よく遊びにきてくれるお兄さんに聞いてみたら、「昼休みだ」って言われた。
「みんな俺の言ってること、ちゃんとわかるんだー。すごいね」
じゃあ、わかんないのってアイツだけなんだな。
話しができたらいいなって思ってたのに。
アイツが優しくないから分からないのかな。
それとも、ネコが嫌いだから分からないのかなぁ……
きっとどっちかだと思うけど。
でも、今度アイツが来たら、「ネコきらいなの?」って闇医者に聞いてもらおうって思ってたら。
「中野さん? ちゃんとマモル君の言葉、分かってると思うよ?」
あっさりとそう言われてしまった。
「でも、一回も返事してくれたことないんだよ?」
真面目に相談してるのに、闇医者も小宮のオヤジも笑ってて。
「ヨシくん、誰と話しててもそうだからなあ。マモルちゃんが気にすることないんじゃないかあ?」
でも、この間は闇医者と小宮のオヤジと3人でちゃんと話してたもんな。
「でも……でもさー」
だったら、話してくれてもよさそうなのに。「ねー」って呼んでも返事だってしてくれないんだもんな。
「じゃあ、聞こえてるかどうか試してみようか?」
闇医者がニッコリ笑って、いらない紙を持って来て、全部ひらがなで台本を書いてくれた。
小宮のオヤジと闇医者と3人で練習して。
「ヨシくん、来たな」
ホクホクしている小宮のオヤジの指示で俺も闇医者もスタンバイした。
中野は相変わらず無愛想で、闇医者が呼ばなければ物置に来ようともしなかったんだけど。
「ほら、中野さん。おかげでこの子もすっかり良くなって。もうすぐ退院ですよ。……よかったね、マモル君」
闇医者がニッコリ笑って俺の頭をなでて。
そのあと俺が中野の顔を見上げて、同じようにニッコリ笑って。
「わー。退院したら、連れてってもらえるのかなぁ?」
闇医者が考えてくれたセリフを言った。
そのあと小宮のオヤジが「大丈夫だよ、マモルちゃん。ヨシくんは本当は優しいからなあ」って付け足すことになってたんだけど。
「……誰も飼うなんて言ってねえだろ」
アイツは思いっきりイヤそうな顔でそう吐き捨てた。

―――……ってことは。

もしかして、今までずっと俺が言ってること分かってたの?
なのに返事してくれなかったの?
なんで??
……って思ったけど。
ちょっと考えたら、すぐに分かった。
きっと俺のことが嫌いなんだ。
他の理由なんてないもんな。
「……いいもんね。退院したら、ちゃんと公園に帰るから。一人だってぜんぜん大丈夫なんだから」


こうして、退院後の俺の住まいは公園に決定した。


中野に連れて行ってもらえなかったのはちょっと悲しかったけど。
でも、あの変な男は警察に捕まって、もうこの辺にはいないって分かったし。
それに、
「いつでも遊びに来ていいからね? お腹空いたら、ちゃんと来るんだよ?」
闇医者がそう言ってくれたから、楽しい気分で「またね」って言えた。
初夏の公園は爽やかで、ベンチでお昼を食べるお姉さんやオヤジから少しずつご飯をもらえたから、けっこう毎日が楽しかった。
なによりも、朝と夜には中野が公園を通るから、「おはよう」とか「お帰りー」とか言えるのが嬉しかった。
もちろん中野はなんにも言ってくれないんだけど。
「毎日言ってればいつか返事してくれるかもしれないもんね」
新聞を広げる中野のひざに乗れる日は近いはず。
そう思いながら、無愛想な後ろ姿に手を振った。




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