<その3> 魔法使いになれるかな? (後編)
まだ魔法使いのお星様にお願いしてないのに。
いいのかなって思ったけど。
「ただいまー」
うきうきしながら中野のマンションに入って、廊下で丸くなってみた。
「中野んちって感じー」
中野と同じ匂いがする中野のうちの廊下。
「……いいかも」
楽しいなって思いながら寝ようとしてたら、また中野につまみあげられた。
「……なにー??」
玄関の外に捨てられちゃったら悲しいなって思ってたけど。
連れていかれたのはベッドのある部屋だった。
そのままポイってベッドの上に投げられて。
「わー、ふかふか」
布団の上でポヨポヨ跳ねてたら、バタンってドアが閉まって、中野はどこかに行ってしまった。
「ここにいろってことなのかなぁ?」
窓際に小さな黄色っぽい明かりがついてるだけの部屋はすごく落ち着いて、すぐに眠くなりそうだったけど。
「あ、窓から外が見えるー」
いつも歩いてる新宿の街だけど。
「上から見るとぜんぜん違うんだなぁ」
ゴミゴミしたところはぜんぜん見えなくて、ただ全部がキラキラしてた。
それに、車も木も道路沿いの電気もみんなおもちゃみたいで楽しかった。
「俺があの辺を歩いてたら、ここから見えるのかなぁ?」
でも、人間もやっと見えるくらいだから、きっとぜんぜんわかんないんだろうな。
「あ。もしかして、今日も魔法使い見えるかな?」
そしたらお願いしなくちゃって思ったのに。
空には月も星も見えてたけど、いつまで待っても魔法使いは来なかった。
「でも、俺がここで寝られるってことは、もしかしたら、俺が昼寝してた間に闇医者の診療所にお星様が落ちたのかも」
それで闇医者がお願いしてくれたに違いないって思って。
「明日、聞いてみようっと」
楽しい気持ちで走っていく車を見ていたら、いつの間にか眠ってしまった。
窓の前で寝ていたはずなのに。
目が覚めたら、ちゃんとベッドの上にいた。
「……あれ……中野は?」
すっかり朝だったけど、部屋には俺一人だけ。
一緒に寝てくれなかったのかなって思ったけど。
布団はちょっとだけめくれていて、だから、中野が隣りにいたんだってわかった。
「わー、絶対、闇医者がお願いしてくれたんだ」
あとでお礼を言わなくちゃって思いながら、ベッドを飛び出した。
でも、ドアは閉まってて、俺には開けられなくて。
カリカリ引っかいてたら、いきなり開いて、コロンと後ろに転がってしまった。
「……おはよー、中野」
見上げたら、今日も眉間にシワを寄せたスーツ姿の中野が立っていた。
もちろん返事なんてなかったけど。
俺はまたしてもポケットに入れられて、診療所へ運ばれたのだった。
中野のポケットの中もいつもはすごく好きなんだけど。
「……う、なんか冷たいものが入ってる」
今日は足の裏に金属のひんやりした感触が伝わってきて、ちょっとびっくりした。
本当はそれがなんだか見たかったんだけど、ポケットの中で方向転換できるほどは俺も小さくなくて。
仕方がないから、つまみ出されるときに下を見ようって決めたのに。
「おはようマモル君」
診療所に着いたら、闇医者が笑顔で迎えてくれて。
「おはよー、闇医者」
だから俺も闇者の顔を見ながら挨拶をしたんだけど。
うっかりその間に外に出されてしまって、ポケットの中を見ることができなかった。
しまった、って思って。
「ねー、中野、ポケットの中の冷たいの、何?」
慌てて聞いてみたら、中野は無表情のまま銀色のものを闇医者に渡した。
「それって、闇医者へのプレゼントなの?」
中野が答えてくれそうにないから闇医者に聞いてみたら。
「中野さんちの鍵だよ。中野さん、今日から出張だから、僕がマモル君を家まで送ってあげるね」
それを聞いて、「ほら、やっぱりだ!」って思って。
「ね、昨日、俺が昼寝している間に闇医者のところにお星様落ちてきた?」
聞いてみたんだけど。
「落ちてこなかったけど。どうして?」
闇医者は嘘なんてつかないから、それもきっとホントのことなんだろう。
「……ううん、なんでもない」
じゃあ、なんで中野のうちに泊めてもらえるんだろうって思ったけど。
「あっ!」
急にひらめいた。
「どうしたの?」
闇医者には「なんでもない」って言ったんだけど。
「……わかったもんね」
俺って頭いいかも。
闇医者が診察室に行ってから、こっそり小宮のオヤジに聞いてみた。
「ね、小宮のオヤジ」
オヤジは今日もお茶を飲んでアクビをしてたけど。
「なんだあ? マモルちゃん」
俺の話にはちゃんと答えてくれる。
「闇医者って本当はもう魔法使いなんだよね?」
絶対そうだって思って聞いてみたのに、オヤジも患者モドキもみんな笑った。
「なんで笑うのー?」
だって、俺のお願いごともかなえてくれたし。
それに具合が悪い人もすぐに治しちゃうし。
絶対そうだよってみんなに言ったら。
「先生、ホントは魔法使いだったんだなあ」
小宮のオヤジがドアの方に向かってそう言った。
そしたら、闇医者が顔を出して、「何の話ですか?」って聞きながら入ってきた。
「マモルちゃんが、先生はきっともう魔法使いなんだって言うからねえ」
だってそうだもん。
絶対そうなんだから。
「じゃなかったら、あんなにすぐに治らないよね?」
それにここに来るとみんな楽しいし、すごくおいしいミルクティーだって入れられるし。
「絶対、絶対、そうだよね?」
そう聞いてから、「うん」って言ってくれるのを待ってたけど。
闇医者はちょっと驚いた顔のあとで、俺をそっと抱き上げて「ありがとう」って言った。
「なんで『ありがとう』なの?」
なんか違わない?って思ったけど。
「嬉しいから、かな」
闇医者はすごくにっこり笑いながら、
「魔法使いになりたいけど、今はまだ勉強中なんだよ」って言った。
ふうんって思って。
それから。
「じゃあ、頑張ればもっとすごい魔法が使えるようになるんだねー」
すごいなぁって思ったけど。
今よりももっともっとすごい魔法使いになる勉強は大変そうだよな。
でも、闇医者ならきっと大丈夫。
だって、頭も良さそうだし、ちゃんと毎日勉強してるし。
「俺も一緒にがんばろうっと」
何を頑張るのかはこれから考えるんだけど。
「じゃあ、僕ももっと頑張ろうかな」
闇医者はそう言って俺のほっぺを撫でてくれた。
「ね、闇医者。俺も一個くらい魔法が使えたらいいなぁ。俺でもできそうなの、何かないかなぁ?」
闇医者みたいなすごいのじゃなくて、ちょっとだけでいいんだけど。
「でも、みんなに喜んでもらえるのがいいな」
闇医者なら、きっといいのを教えてくれるって思ったんだけど。
「大丈夫。マモル君だって使えるよ」
闇医者はあっさりとそう答えて、またにこっと笑った。
「どんな魔法?」
わくわくしながら返事を待ってたけど。
「一緒にいる人が幸せな気持ちになる魔法、かな」
「……なんか、すごくむずかしそうだよね?」
幸せな気持ちになれる魔法なんて。
そんなすごいのは、きっとすっごく難しいに違いない。
そんなの俺には無理だよって言ったのに。
「大丈夫。マモル君は、ちゃんと使えるようになるよ」
「ホントに?」
何を勉強したらできるようになるのって聞き返したら、「今のまま大きくなればいいんだよ」って言われて。
よくわかんなかったけど、とりあえず「うん」って頷いた。
「じゃあ、たくさん食べて早く大きくなろうっと」
猫舌用ホットミルクを一生懸命飲んでみたら、みんながまた少し笑ったんだけど。
「なんかおかしい?」
俺の質問に、闇医者は「ううん」って言ってから俺の口を拭いてくれて。
それから、「本当は今のままでも十分だけどね」って笑ってくれた。
「……ホント?」
でも、本当に幸せな気持ちをあげられるなら。
中野だって笑ってくれるかもしれないから。
「もっともっと頑張ろうっと」
早く大きくなれるように。
毎日一生懸命頑張ろうって思った。
そしたら、きっと、俺にもそんな魔法が使えそうな気がしたから。
「だからね、闇医者―――」
大きくなったら。
俺も闇医者みたいな優しい魔法使いになれるかな……?
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