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 <その4> 捨てネコになってみた。
 
 ある日の午後。
 「マモル君、ご主人様が欲しかったら、ダンボール箱に入って公園にいるといいよ」
 「そうそう。箱には『拾ってください』って書いてな」
 診療所に遊びに来ていた患者モドキたちがそう言うから。
 「うん。じゃあ、そうするー」
 捨て猫ごっこをしてみることにした。
 
 小さめの箱を用意してもらって、箱に『拾ってください』って書いてもらって。
 「ねー、ちゃんと拾ってもらえるかな?」
 聞いてみたけど。
 「うーん、どうかなぁ……マモルちゃん、もう子猫にしては大きいからな」
 みんなからイマイチな返事しかもらえなかった。
 
 
 
 公園のベンチの側に箱を置いてもらって、通る人を眺めていたけど。
 「誰もこっちを見てくれないなぁ……」
 みんな忙しそうでベンチの近くなんて見てなかった。
 「もうちょっとみんなが通るところに行こうかなぁ。でも、あんまり通り道だとジャマになるかもしれないもんなぁ……」
 悩んでいたら、なんとなく空が曇ってきて。
 あっという間に暗くなった。
 「まだ夕方なのにー」
 暗いと淋しい気持ちになるからイヤだなって思っていたら、ポツと鼻先に冷たいものが当たった。
 「うわ、雨だー。ぬれるの、嫌かも」
 仕方なくずるずると自分で箱を押してベンチの下に避難した。
 ベンチの板の間には少し隙間があるから、ぜんぜん濡れないってわけにはいかないんだけど。
 「でも、今から屋根のあるところまで歩いていったら、それだけでびしょ濡れになるもんな」
 そう思って雨が止むのを待つことにした。
 
 
 公園にきた人はみんな急ぎ足で。
 俺の方なんてちょっとも見ることなく通り過ぎて行く。
 「つまんないのー」
 捨て猫ごっこはもっと天気のいい日にやらなきゃだめだなって思いながら、すっかり暗くなった空を見上げた。
 「寒くなってきたかもー」
 それと同時に心細くなってきた。
 「診療所にいればよかったなぁ……」
 お腹もすいてきたし、一人で淋しいし。
 「雨が止んだらご飯探しに行こうっと。あとはねー……」
 気を紛らわせるためにぶつぶつひとりごとを言っていたら、自分の耳がピクって動くのが分かった。
 「……これって中野の足音かも」
 耳を澄まして、匂いをかいで、公園の入り口を見つめていたら。
 数秒後、中野がこっちに向かって歩いてきた。
 「やっぱ、そうだ」
 寂しかったから、すごく嬉しくて、にゃーにゃー鳴いてみたけど。
 中野はぜんぜん気付く気配もなくて、しかも、あっという間に通り過ぎて行きそうだった。
 「中野、おかえりー」
 慌てて名前で呼んで、いつもみたいに手を振ってみたけど。
 よく考えたら、今日はベンチの下にいるから、俺のことなんて見えないかもしれないって思って。
 ベンチの下から顔だけ出るようにって少しだけ身体を乗り出したら、いきなり箱が横に倒れてべチャッと転げ出てしまった。
 「……痛いかも」
 ちょっと悲しいなって思いながら自分を見たら、あごと手が汚れてた。
 でも、早く起きないと中野はきっと通り過ぎてしまう。
 そう思って慌てて顔をあげたら、目の前に靴が見えた。
 「何してるんだ」
 立っていたのは面倒くさそうに傘を差してる中野で。
 しかも、ちゃんと俺に話しかけてくれてた。
 「あ……えっとね……捨て猫ごっこ」
 言いながら、泥がついてしまった箱を起こして、
 「ほら、ここに『拾ってください』って書いてもらったんだよ」
 そう説明したら、中野はすごくバカにしたみたいな顔をしたけど。
 「でもね、すぐに雨が降ってきたから、誰もこっち見てくれなかったんだ」
 一応、続けて説明をしてみた。
 ついでに。
 「天気のいい日なら大丈夫だよね?」って聞いてみたけど。
 中野はなんの返事もしてくれなかった。
 「それとも、みんなが言うみたいに、もっと小さくないとダメだと思う?」
 さらに聞いてみたけど。
 やっぱり何も言ってもらえなかった。
 「……別にいいもんね」
 ちょっと悲しかったけど、仕方ないし。
 気を取り直して、汚れた手を雨で洗うことにした。
 「冷たいけど、でもがんばれば平気だし」
 くしゃみをしながらシャワシャワ洗っていたら、急に首をつまみ上げられた。
 「ふみー……?」
 なんだろうって思ったけど。
 「なにー?」
 質問なんてしても返事をしてくれるわけでもなくて。
 でも。
 そのまますっぽりとコートのポケットに入れられた。
 手だってあごだってまだ汚れてるのに、いいのかなって思ったけど。
 「……ありがと」
 ポケットの中はとてもあったかくて。
 ついでにハンカチも入ってていい感じだった。
 「あったかーい。気持ちいーい」
 中野の匂いもするし、いいなって思って。
 嬉しくてバタバタしてたら、ベシッて叩かれた。
 「うー……たたかなくてもいいのにー」
 でも、耳に当たった中野の手はすごく温かくて。
 それはそれで楽しいかもって思った。
 
 
 天気が悪かったから、ご主人さま候補は誰も俺を見つけてくれなかったけど。
 「やっぱ、これでよかったかも」
 だって、誰かに拾われてしまったら、もう診療所に遊びに行くこともできないかもしれないし、中野に「おかえり」だって言えなくなるかもしれないし。
 何よりも、一番大好きな中野が俺を見つけてくれたんだから。
 そう思ったらまたなんだか嬉しくなってしまって。
 またバタバタしそうになったけどガマンして行儀よくしてたのに。
 「少し黙ってろ」
 ちょっとだけ怒られてしまった。
 「怒んなくたっていいのにー」
 でも、ときどき俺が体を乗り出してポケットからはみ出ると、中野の手がギュッと頭を押さえてくれて。
 だから、怒られてもぜんぜん平気だもんねって思った。
 「ねー、明日も落ちてたら、拾ってもらえる?」
 小さな声で聞いてみたけど、やっぱり返事はなくて。
 それはちょっと残念だったけど。
 でも、ちゃんと部屋には入れてもらえた。
 「何してるのー?」
 中野が洗面所の鏡の前でお湯を溜めてるからどうしたのかなって思って聞いたら、いきなりじゃぶんとそこに入れられた。
 ちょっとびっくりしたけど。
 「……でも、あったかいや」
 最初に拾われた日に水で洗われたことを思えば、今日はものすごくいい待遇かもしれない。
 「楽しいかもー」
 気持ちよかったから、闇医者から教わった歌をうたいながらしばらくじゃぶじゃぶ遊んでいたけど。
 「……眠くなってきたかも……」
 そのうちに本当に眠ってしまったみたいだった。
 
 
 
 気がついたら、タオルに包まってベッドの上にいた。
 部屋にはもう電気もついてなくて。
 隣には中野が眠ってて。
 俺はすっかりふかふかに乾いていたけど、頭に寝ぐせがついていた。
 「でも、それは明日直せばいいや」
 診療所に行けば闇医者がなでてくれるもんねって思って、またちょっと楽しくなった。
 それよりも。
 「……あとちょっとだけそっちにいってもいいかなぁ」
 5歩くらい歩いたら中野の腕のすぐ側まで行ける。
 中野はもう寝てるから、近くに行ってもきっと気付かないよなって思って。
 「うん、そうだよね」
 そっとタオルを抜け出して、こっそり肩にくっついて丸くなった。
 
 「……いいかも」
 捨て猫ごっこはちょっと失敗だったけど。
 今日はいい一日だったなって思いながら、中野に「おやすみ」を言った。
 
 
 
 
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