Tomorrow is Another Day
ものすごくオマケ




<その5> 『ぎゅう』してもらった。


診療所は今日もとっても賑やかで、小宮のオヤジも患者モドキもたくさん来てた。
本当の患者さんも来てたから、闇医者は診察室に行ってた。
「こんにちはー」
はじめての人がいるなって思ったから挨拶をしたら、おねえさんはちょっとびっくりした顔をしたけど。
「こんにちは。ご挨拶ができるなんてお行儀のいいネコちゃんね」
にっこり笑って褒めてくれた。
「わー、ほめられた」
行儀がいいなんて言われたのは初めてだったから、すごく嬉しかった。
「ありがと。俺ね、マモルっていうんだー」
ちゃんと自己紹介をしたら、
「マモル君は先生のネコちゃんなの?」
そう聞かれたけど。
「ううん。遊びに来てるだけー」
友達いっぱいいるんだよって言ったら、小宮のオヤジも患者モドキも笑ってた。

そのうちに診察室から闇医者と女の子が出てきて。
「風邪ですね。インフルエンザではないので大丈夫ですよ」
女の子は隅っこにクマのイラストのついたマスクをもらって嬉しそうにしてた。
「ありがとうございました」
ぺこっとお辞儀をしたお姉さんの手に女の子がつかまって。
「あのね、ママ」
そう呼んだから。
そこではじめて「お姉さん」じゃなくて「お母さん」だってことが分かった。
「……お姉さんかと思っちゃった」
間違えちゃったなって思いながらひとりごとを言ったら、女の人はニッコリ笑って、俺の頭をなでてくれた。
女の子もマスクをしたあとで一緒に俺の頭をなでてくれたけど。
「じゃあね」って言ったあとで「ママ、『ぎゅう』して」って。
お母さんに抱き上げられると『ぎゅう』ってしてもらってた。
「……あれ、『ぎゅう』って言うんだ」
母さんがいた頃は俺もしてもらったもんねって心の中でつぶやいてみたけど。
「ばいばい」
ちょっとだけ「いいなぁ」って思いながら、薬をもらって診療所を出て行くお母さんと女の子に手を振ってたら、闇医者が俺の前にかがみこんだ。
「マモル君にも『ぎゅう』してあげようか?」
闇医者はそう言ってニッコリ笑って俺の前に手を差し出した。
「いいの?」
一応聞いてみたけど。
でも、闇医者が頷く前に抱き上げてもらって。
それから『ぎゅう』ってしてもらった。
「わー、楽しいかもー」
喜んでバタバタしてたら、
「はい。じゃあ、次は小宮さんね」
今度は小宮のオヤジに渡されて、また『ぎゅう』ってしてもらって。
それから、患者モドキや、後から来た人にもみんなに『ぎゅう』ってしてもらって。
「いっぱいしてもらったー」
ありがとってみんなにお礼を言ったら、闇医者も小宮のオヤジも患者モドキも、笑って「明日もしてあげるよ」って言ってくれた。
「わー、ホント?」
今日も明日も。
楽しいことがいっぱいあっていいなって思ったら、また嬉しくなった。


そんなことをしてたら、夕方になって。
お茶の時間だねって話してたら中野が入って来た。
「……もうちょっと早く来てたら、中野も『ぎゅう』してくれたかなぁ」
ちょっとだけそんなことも思ったけど。
でも、中野は相変わらずの無表情で、そんな楽しいことはしてくれそうもなかった。
患者モドキとなにか難しい話をしてから、闇医者にコーヒーを渡されて椅子に座った。
みんなソファや椅子に腰掛けてお茶をしてたけど。
俺はここがいいもんねって思って中野の足元に座ったら、闇医者に笑われた。
「マモル君、そんなところに座らなくても誰かのひざに乗せてもらったら?」
闇医者はまだお茶の用意の途中で、自分は立っていたんだけど。
「うん、でもさ」
足元でもいいから、中野のそばがいいなって思って、ちょっとだけ悩んでいたら、
「ちょっと待っててね」
闇医者はベッドのある部屋から紺色のタオルを持ってきて、それに俺をくるんだ。
それから、
「スーツに毛がついちゃうといけないからね」
そう言って、にーっこり笑ってから。
「はい、落としちゃだめですよ」
足を組んでる中野のひざの上に俺をタオルごと置いた。
落としちゃダメなんて言っても、きっと中野は何の遠慮もなくコロンと落としてしまうに違いない。
そう思ったんだけど。
「お、いいなあ、マモルちゃん。ヨシくんの膝に乗せてもらったんか。特等席だなあ」
小宮のオヤジが俺の頭をなでて、
「落ちたら、拾ってまた乗せてあげるから大丈夫だよ」
患者モドキも笑って言うから。
中野はすごく嫌そうな顔をしてたけど、俺を落とすのはやめたみたいだった。
「はい、マモルくんの分」
中野の隣に椅子を持ってきて座った闇医者が俺にミルクの入った小さなカップを渡してくれた。
「ありがとー」
ずっと中野の膝に乗りたいなって思ってたけど、今日までずっとダメだったのに。
俺の苦労ってなんだったんだろう。
でも、とりあえずちょっと顔を上げると中野が見えて。
「えへ。やっぱり、いいかも」
中野のひざは俺が思ってたとおり、すっごく居心地がよかった。
嬉しくて思わず「ぐるるるっ」って言ったら、「黙ってろ」って怒られた。
「しゃべってないのにー」
そんなこと言われてもなって思ったけど。
中野がイヤなら仕方がないから、ミルクを飲んで静かにしてることにした。
でも、そのうちに。
「……ル君、おかわり入れてあげ……―――」
闇医者の声が遠くなって。
「よっぽど気持ちいいんだなあ、ヨシ君のひざ」
小宮のオヤジの声も聞こえたけど。

―――……うん。気持ちいいよ

頷いたときはもう夢の中だったかもしれない。



気がついたらタオルに包まったまま中野のうちにいた。
誰か連れてきてくれたんだろうって思っていたら、闇医者の声が聞こえて。
「……中野が連れてきてくれるはずないもんな」
万が一、連れてきてくれたとしても、こんなふうにちゃんとタオルで包んだりはしてくれないに違いない。
それについてはちょっとガッカリだったけど。
でも、闇医者が抱っこしてきてくれたんだって思ったら、やっぱり嬉しかった。
「闇医者って、優しいー」
お礼を言わなくちゃって思って声の聞こえる方に走っていって。
「闇医者、ありがと」
そう言ったら、「どういたしまして」って笑ってくれた。

闇医者は中野のうちの薬箱を整理したあと、
「じゃあ、中野さん。マモル君のことお願いします」
そう言って帰っていった。
闇医者に「バイバイ」をして見送ってから、
「ね、中野。俺、今日ね、みんなに『ぎゅう』してもらったんだよー」
そう説明してみたんだけど。
中野はぜんぜん俺の話なんて聞いてなくて、黙って新聞を読み続けてた。
もしかして『ぎゅう』が分からないのかなって思って。
「あのね、『ぎゅう』ってね、こうやるんだよ」
ソファの背もたれにあがって、そこから中野の背中をのぼって、後ろから首に『ぎゅう』ってしてみた。
でも。
「静かにしてろ」
面倒くさそうに首のところをつままれて、あっという間にはがされて、そのままポイッてソファの上に捨てられてしまった。
「ちぇー。楽しいのになぁ」
でも、もうちょっとだけ頑張って、こんどは中野の足に『ぎゅう』してみた。
これでもいいかも……って思ったのに。
中野はおもむろに俺をつまむと、立ち上がってコンビニの袋を持ってきた。
それから、俺を中に入れるとカーテンのフックにつるしてしまった。
「えー……俺、今日ここで寝るの?」
寝ぼけてはみ出して落ちたらどうしようってちょっと心配になったけど。
「ねー、中野ってばー」
そう言った瞬間にはもう本当にはみ出してて。
ついでにボテっと落っこちてしまった。
びっくりしたから着地には失敗したけど、すぐ下にはなぜか一人がけのソファが置いてあって大丈夫だった。
「うー……びっくりした」
でも、痛くなかったからいいやって思ってたら。
「―――ったく」
中野は本当に呆れながら、また俺をつまみあげて、今度はバスルームの方向に歩き始めた。
閉じ込められそうな雰囲気だったから、慌ててお願いした。
「あー、待ってよー。ここにいるー。静かにしてるから、ねー?」
にゃーにゃー叫んだら、なんとかそのままソファに置いてもらえた。
「……よかったぁ」
ホッとしたらまた話がしたくなったけど。
でも、約束だから、そのあとは頑張ってずっと静かにしてた。
すごく頑張ったから、昼間「お行儀がいい」って言われたみたいに中野にも褒めてもらえるかなって思ったけど。
やっぱりなんにも言ってくれなかった。
きっと俺なんていてもいなくても関係ないんだろうなって思って。
「……別にいいもんね」
うっかり口を開いてしまったら、速攻で「黙ってろ」って怒られた。
でも、寝るときはちゃんとベッドに連れて行ってくれた。
「あ、今日のお返しに明日は闇医者に『ぎゅう』ってしてあげようっと」
だったら、もっと上手にできるようにしておこうって思って。
「ねー、もう一回『ぎゅう』の練習していい?」
聞いてみたけど。
中野はやっぱりタバコをくわえてるだけでなんにも言ってくれなかった。
でも。
「じゃあ、こっちの手でこっそり練習しようっと」
新聞を持ってない方の腕にちょっとだけ『ぎゅう』ってしがみついてみた。
また「うるさい」って言われてコンビニの袋に入れられるかもって思って、ホントはドキドキしてたけど。
中野はいつもと同じでなんにも言わずに新聞を読んでいて。
だから、そのあともいっぱい『ぎゅう』の練習ができた。
「上手になったかも」
せっかく練習したんだから、明日は闇医者だけじゃなくて小宮のオヤジにも他のみんなにも『ぎゅう』ってしてあげよう。
「じゃあね、中野。おやすみー」
それだけ言って、中野の腕に『ぎゅう』ってしたまま目を閉じた。

今日はたくさん楽しいことがあったけど。
やっぱり中野のそばが一番楽しいなって思った。




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( イラストby yumiさん)