Tomorrow is Another Day
ものすごくオマケ





 



<お嫁にいくことになった。> -その2-


そのあとはなんとなく元気が出なくて。
「マモルちゃん、大丈夫?」
俺をひざに乗せてた人が心配してくれたんだけど。
「……なんでもないかも」
お腹が空いたなら好きなもの食べていいよって言われても、そんな気になれなくて。
そのまましょんぼりしてたら、
「マモ。せっかくリボンまでつけてやったんだから、もっと愛想良くしろよ」
北川にも怒られてしまった。
「……うん」
返事は「うん」じゃダメだったんだって思ったけど、言いなおす元気もなくてそのままにしてしまった。
「どうしたの、マモルちゃん。リボンもよく似合っててとっても可愛いんだから、家族なんてすぐに見つかるよ」
そうだよってみんなに慰められて。それから、
「どう、僕の家に来ない? 一番広い部屋をマモルちゃんの部屋にしてあげるよ。ベランダ側の日当たりのいい場所だし、10畳あって走り回っても平気だし、おもちゃもタワーも好きなだけ買ってあげるから」
そう言われたけど。
「……ありがと」
今までそんなことを言ってくれた人はいなかったから、すごく嬉しいはずなのに。
でも、広い部屋もたくさんのおもちゃも、公園や診療所や中野にはかなわないよなって思ったから。
「……ごめんね」
気がついたら謝ってた。
「そうか。じゃあ、仕方ないな」
残念だよって言いながら諦めてくれたけど。
そのあともやっぱりいろんな人のひざに乗せられて、「うちに来ない?」って聞かれて。
「……嬉しいんだけど、でも、ダメかも……」
みんないい人だから、断るのが悪くて。
謝っているうちにだんだん悲しくなってきてしまった。
「……俺、あっちに行ってるね」
もう誰にも声をかけられないように、こっそり花瓶の後ろに隠れた。
このまま店が閉まるまでここにいようって決めて。
その後はそこからちょっとだけ顔を出して店を眺めてた。


誰とも話せなくて。
でも、話すと「ごめんなさい」を言わなくちゃいけないからガマンして。
「……疲れちゃったかも」
早く公園に帰りたいなって思っていたら、ドアが開いた。
「あれー?」
入ってきた背の高い人は間違いなく中野で。
「明日かあさってまでいないんじゃなかったの?」
もしかしたら、これから出かけるのかなって思ったけど。
中野は北川に書類を渡すとソファに座ってタバコに火をつけた。
喫煙席は他のネコたちがいるところからはちょっと遠いから、前の猫の代わりを探しに来たわけじゃなさそうだったけど。
「中野も気に入ったのがいたら、安く譲ってやるぞ。これなんかどうだ。品が良くて可愛いだろ。長毛種だから掃除は大変だろうけどな」
ノラだけど洋猫交じりだから美形になるぞって北川に勧められて。
でも、中野は知らん顔して煙を吐いてた。
「……中野がどのネコも気に入りませんように」
自分が捨てられるのは仕方ないけど。
でも、できれば他のネコを連れて帰ったりしないで欲しいなって思って。
花瓶の陰からずっとお祈りしてたら、中野が急に立ち上がった。
「なんだ、もう帰るのか?」
北川に声をかけられて、「ああ」って短い返事をしたから。
バイバイをしなくちゃって思って中野が見えるところまで走っていった。
ついでに『お嫁に行かないことにしたから、明日も公園にいるよ』って言おうとしたけど。
中野の足元で顔を上げたら、首のところをつまみあげられた。
「……ふみー?」
なんでつままれてるんだろうって不思議だったけど。
中野はそのまま俺をポケットに入れて店を出た。
勝手に帰っていいのかなって、振り返ってみたけど。
北川はただ笑いながら、「シッシッ」って俺を追い払った。
でも、それはきっと帰っていいってことなんだって思って、ポケットの中から「バイバイ」って手を振ったら、他のお客さんがバイバイを返してくれた。



「なぁんだ。どこかにお嫁にやるって言うの、嘘だったんだ。よかったぁ……」
中野のマンションの洗面所で、あんまりちょうどよくない温度のすごくぬるいお湯につかりながら、そう思った。
北川が言ってたみたいに中野は俺のことなんて洗ってくれる気はないらしくて、ずっとリビングで新聞を読んでたけど。
「でも、中野のうちだもんね」
よかったなって思って。
嬉しくなってジャブジャブしすぎて。
気がついたら周りが水浸しになって。
「……怒られるかも」
開けっ放しのドアからそろっと顔を出したら中野と目が合った。
いつもは俺のことなんて見てないくせに、なんでこういうときだけ見つかるんだろう。
「あのね、ちょっとだけね……こぼしちゃったかも」
ごめんねって言ったけど、中野は冷たい目で見下ろしてた。
「―――ったく」
眉をしかめた瞬間、叱られるかもって思って目をつむったけど。
俺は洗面台からつまみあげられてバスタオルで乱暴に拭かれただけで、そのままリビングのソファの上に放り投げられた。
「……怒ってないってことなのかなぁ」
でも、中野は水浸しの床を拭くこともなく戻ってきて、そのあとはまたさっきと同じように新聞を読んでいた。
そのまましばらく様子を見ていたけど、中野はもう俺のことなんて見てなくて。
「大丈夫かも」
どうやら怒られたりはしなさそうだった。
実は機嫌がいいのかもしれないって思って、小さい声で話しかけてみた。
「あのね、リボン可愛いって言われたんだー」
お風呂に入る前にほどいてテーブルに乗せておいたリボンを持ってきて、自分で首に巻きつけてみた。
「首の後ろで蝶結びにするのはムリっぽいから、あごの下で結ぼうっと」
ちゃんとちょうちょに結べたら、中野も可愛いって言ってくれるかもしれないって思ったんだけど。
「……うまくできないかも」
でも、なんとかあとちょっとのところまで頑張って。
このままギュってすればできあがりってときに、
「リボン似合うから、家族もすぐに見つかるかもって言ってもらったんだよ」
調子に乗ってそんなことを言ったら、中野はいきなり俺の首からシュルってリボンを外して、そのままポイッてゴミ箱に捨ててしまった。
「えー……なんで捨てちゃうの? あとちょっとだったのにー」
もしかして中野はリボンが嫌いなのかなって思って。
だったら、仕方ないってあきらめたけど。
「単に似合わないからだったら、ちょっとショックだなぁ……」
ホントのところはどうなんだろうって、チラッと横目で見たんだけど。
中野はもう俺の顔なんて見てなかった。
つまんないの、って思ったけど。
でも、すぐに考えが変わった。
だって、最初の日はソファに乗っただけで床に落とされちゃったのに、今日はすぐ隣に座らせてもらってるんだもんな。
「やっぱり、いいかも」
えへへって思いながら、中野の膝にちょっと手をかけてみた。
うまくいけば今日は上に乗れるかもって思ったんだけど。
……でも、速攻で払いのけられてしまった。
「今日もダメなのー?」
ねえってばって言ってみたけど、また知らん顔されて。
「あ、もしかして俺がまだぬれてるから?」
それに気付いてちょっと浮上した。
「じゃあ、ちゃんと乾いてからね?」
そう言っても中野は「駄目だ」って言わなかったから。
これなら今日は膝の上で寝られるかもって喜んだのに。


部屋が静か過ぎて。
体が乾くのを待っている間にうっかり眠ってしまった。




「……あれ。明るくなってる?」
気がついたときには、すっかり夜が明けていて。
しかも、中野はもうスーツを着ていた。
「えー、そんなぁ」
夢にまで見た中野の膝は今日もおあずけで。
俺はまたポケットに入れられて、公園の真ん中でポイって捨てられた。
「……いってらっしゃい」
でも、中野にちゃんとバイバイだってできたんだから。
「それでいいもんね」
大好きな中野の背中が公園から見えなくなるまで見送って。
「あ、そうだ。昨日のこと、闇医者に言わなくちゃ」
何でも話すって約束したんだからって。
スキップしながら診療所へ向かった。

途中でときどき見上げた空は今日も真っ青で。
すごくいい朝だなって思いながら。




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