Tomorrow is Another Day
ものすごくオマケ



<めりーくりすます> 後編


「メリー・クリスマス、マモル君。大変だったね」
気をつけないと変なところに売られて実験に使われてしまうよって言われたけど。
「でも、中野が来てくれたんだー」
言いながら、「えへへ」って笑ってしまった。
ちょっと自慢っぽかったかなって思ったけど。
闇医者は「よかったね」って言ってにっこり笑い返してくれた。
隣りの長椅子では患者モドキたちは朝からワインを飲んでて。
「マモルちゃん、メリー・クリスマス」
すっかりお酒の匂いがしてた。
「めりくます?」
毎年聞くけど、ホントはなんていってるのか知らないなって今頃気付いて。
首をかしげながら、母さんに聞いておけばよかったなって思った。
イブの日はいつも忙しくて一緒にいられないことが多かったけど、次の日にはちゃんと一緒にクリスマスをしてくれた。
いろんな話をして、お願いごとをして。
楽しかったなって思いながら。
今だったら、ここでみんなと一緒にケーキを食べられたのにって、少しさみしくなった。
「メリー・クリスマス、だよ」
「めりくりすます?」
「そう。でも、『リ』は伸ばしてね」
「めりーく、りーすます?」
「……伸ばすのは最初の『リ』だけね」
母さんの働いていた店がどんなところなのかは知らなかったけど、でも、25日にはあまったピザとかケーキを持って帰ってきてくれた。
だから、もっと小さい頃は「クリスマスはごちそうの日」って思ってたんだけど。
「本当は何の日なのかなぁ……」
あとでこっそり聞いてみようって決めたとき、
「中野さん、これ……」
振り返ったら、中野が闇医者にお札を渡してて。
それがすごく気になったから、あっという間に忘れてしまった。
「でも、こんなには―――」
かからないですよ、って闇医者が言い終わる前に、中野はさっさとコートをひるがえして診療所を出て行ってしまった。
「中野さん、相変わらずだよね」
患者モドキが「うわぁ」って驚いてたけど。
何に感心してたのかはよくわからなかった。
でも、闇医者が受け取った一万円札を数えたとき、小宮のオヤジも「すごいなあ」って言って。
だから、たくさんお金があっていいなって話なんだってやっとわかった。
「ヨシくん、マモルちゃんがさらわれないようにって、首輪買うのに10万置いてったんかい?」
すごいなって言ってたくせに、小宮のオヤジはちょっと笑ってて。
「相場ってものを知らないんでしょうかね」
闇医者はちょっと呆れてた。
「金に糸目はつけないから、とびきり可愛いのを買ってこいってことなんじゃないの?」
患者モドキは中野が置いていった金を扇子みたいに広げて、楽しそうにバサバサとあおいでたけど。
「お金をおもちゃにしないでください。マモル君が真似したらどうするんですか」
闇医者に怒られてすぐにやめさせられた。
「……マネなんてしないのになぁ」
でも、中野が置いていった金だから、中野の匂いがしたらいいなって思って、クンクンしてみたけど、お札の匂いしかしなくてちょっと残念だった。
そんなことをしてる間に、話はすっかり俺の首輪のことになってて。
「マモル君はどんなのがいい?」
みんなに聞かれて。
「えっとねー、中野がかわいいと思ってくれるやつ」
そう答えてみたけど。
「そりゃあ、難しいなあ」
みんなに苦笑いされてしまった。
でも、闇者だけは「大丈夫」って言ってくれて。
「だったら、どれでもいいじゃないですか。中野さんが口に出して『かわいい』って言ってくれる首輪ならこの世の中に存在しないと思いますけど、かわいいと思ってくれるだけでいいんだったら、どれでもいいってことでしょう?」
マモル君がつけていたらそれでいいんだから、って笑ってくれたけど。
「……そうかなぁ」
中野はきっとどんなのだって「かわいい」なんて思ってくれないって自信があったけど。
でも、そんなことよりも。
「ねー、中野が首輪買ってもいいって言ったの?」
俺はまだあんまり信じてなかったんだけど。
「そうだよ」って頷く闇医者を見て、これがサンタクロースのプレゼントってやつなんだなって思った。
「すごいなぁ」
「何が?」
「サンタさん」
だって、首輪が欲しいって思ったことは誰にも言ってなかったのに。
「どうしてわかったのかなぁ?」
もう一回「すごいよね?」って聞いたら、「そうだねえ」って言いながらみんな笑ってた。


結局、闇医者と小宮のオヤジと三人でペットショップに出かけて。
選んだ首輪はとってもやわらかくて軽いやつだった。
「これなら、たくさん動く子猫ちゃんでも引っかかって首が締め付けられたり、擦れて毛が抜けたりすることもありませんよ」
お店の人がそう説明してくれた。
闇医者が、どれくらい首まわりに余裕があるかとか、引っかかったらすぐに外れるかとか、いろいろチェックしてくれたあとで、
「どう、マモル君?」
そう聞いてくれた。
「えっとねー」
ホントにあんまり着けてる感じがしなくて、これならきっと毎日しててもぜんぜん平気って思ったから、そのまんま答えた。
「すごくいいかもー」
自分では首輪そのものは見えないんだけど。
下を向くとちょっとだけ迷子札が揺れてて、それもなんだかとってもよかった。
ニコニコしてたら、闇医者が頭をなでてくれた。
「よく似合うよ」
「ホント?」
じゃあ、これで決まりねって言われて。
闇医者がお金を払って、首輪をつけたまま小宮のオヤジにだっこしてもらって、三人でまた診療所に戻った。
「ただいまー」
テーブルのまんなかに座らせてもらって、みんなに首輪を見てもらった。
「お、いいな、マモルちゃん。よく似合うよ」
患者モドキもすごく褒めてくれた。
「えへへ、嬉しいかも」
その間に闇医者が迷子札を取り外して、ペンを出して。
表側に俺の名前と中野の苗字と電話番号、それから、首輪本体に小さく診療所の電話番号を書いてくれた。
「これぜんぶ書いたのがつけられるの? 中野の名前も診療所の電話番号も?」
「そうだよ。迷子になっても大丈夫なようにね」
だからって安心して迷子になっちゃダメだよって言われたけど。
嬉しくてそれはあんまり聞いてなかった。
「わー、ホントに家族がいるみたいかも」
すごく嬉しくて闇医者に「ありがとう」を言ったら、
「家族だと思ってくれていいんだよ」
そう言って笑ってくれた。
「いいの?」
「だって僕はマモル君のお兄さんだから。そしたら、家族でしょう?」
「うん。そうかも」
家族ができるのなんて久しぶりだなって思って。
「じゃあ、中野と闇医者も家族なんだよね? 三人家族なんて生まれてはじめてだなぁ」
俺んちは父さんも兄弟もいなかったから、いつも母さんと二人きりだった。
すごく嬉しいなって言ったら、患者モドキが笑った。
「診療所なら先生以外にもたくさんいるからね。何人家族なのかわからないよなあ」
そう言われて数えてみたけど、診療所には小宮のオヤジもあわせて5人くらい患者モドキがいて。
でも、いつも来るのに今日は来てない人もいて。
「そっか。そうだよね。俺、もしかして世界でいちばん家族多いかも」
全部足したら、きっと両手でも足りないなって思ったから。
「すごいよね?」って聞いたら、みんなニコニコ笑って頷いてくれた。



闇医者は途中でちょっとの間だけ大きな病院に出かけたりしたけど、あとはずっと一緒にクリスマス会をしてくれた。
楽しいから時間がたつのもあっという間で。
すぐに夕方になって、中野も来て。
でも。
「ヨシ君もお茶くらい飲んで行けばいいのに」
クリスマス会には出ないで帰るって言うから、ちょっとガッカリした。
「マモル君も一緒に帰るでしょう?」
「……うん」
つまんないなって思ってたけど。
闇医者も患者モドキも「明日もう一回すればいいよ」って言ってくれたから、「じゃあ、それでいいや」って思ってちょっと安心した。
その間、中野はいつもと同じようにタバコを吸ってて。
「それよりどうです? よく似合ってるでしょう?」
闇医者が俺を抱き上げて首輪を見せたときもやっぱり知らん顔してた。
クリスマスなのに機嫌が悪いのかなって思ってちょっと寂しくなったけど。
「じゃあ、今度は中野さんにサンタクロースからのプレゼントです。はい、メリー・クリスマス」
そう言って闇医者が俺を差し出したときも別に怒ったりはしなくて。
何も言わずにそのままコートのポケットに入れてくれた。
「じゃあね」
みんなに手を振ってる間に診療所のドアがバタンって閉まって。
「ちゃんと聞こえてたかなぁ」
ちょっと心配だったけど、明日もまた来るからいいやってことにした。



中野と二人で通る公園は昨日と何も変わりなかったけど。
でも、今日はクリスマスだから、いつもよりキラキラして見えた。
「ね、中野」
呼んでみたら。
「うるせえよ」
ちょっと怒られてしまったけど。
「首輪、ありがとね」
そう言っても、返事の代わりにタバコの煙が流れてくるだけ。
でも。
「すごくすごく大事にするからね」
そう言ったとき、大きな手が俺の背中に回った。
なんだろうって思ったけど。
少したってからやっとわかった。
俺がちょっと大きくなって、ポケットからたくさんはみ出すようになってしまったから、落ちないように押さえてくれてるんだって。
「……ありがと」
吐く息もちょっと白くて、景色もすっかり冬で。
中野が歩くたびにタバコの灰も降ってきたけど。
たとえばタバコ全部がまるごと落ちてきて頭が少しこげちゃったとしても、今ならぜんぜん気にならないって思った。
それに灰は白くてふわふわ降ってくるから。
「ちょっと雪みたいだよね?」
そんなことを言いながら、中野を見上げて、ちょっと笑って。
「ねー、クリスマスってこんなに楽しいのになんで一年に一回しかないのかな?」
何を聞いても、中野はぜんぜん俺の顔なんて見てくれないんだけど。
「中野、知ってる?」
返事なんてしてくれなくても。
今日はクリスマスで。
サンタさんからすごくいいプレゼントをもらって。
しかも、中野のポケットに入ってるんだから。
「じゃあ、明日闇医者に聞いてみようっと。わかったら中野にも教えてあげるね」
なんでこんなに楽しいのかなぁって思いながら。
中野のコートにぎゅってしがみついて。
もう一度「ありがと」って言ってみた。

それから、マンションに着くまでの間。
昼間練習した「めりーくりすます」をたくさん言って。
「ねー、もう来年のプレゼント決めてもいいと思う?」
あんまり早いとダメかなって聞いてみたけど、中野はやっぱり煙を吐いただけだった。

でも、背中には大きくて温かい手。
しかも、今日は中野と一緒の最初のクリスマスで。
楽しくて、楽しくて、楽しくて。
だから。


来年も家族でいられますように……って。
帰ったらサンタクロースにお願いしようって、そう決めた。


                                           end


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