<おおみそか>
12月31日。
今日から診療所はお休みで、闇医者や患者モドキともしばらくバイバイ。
だから、お正月もずっと中野と二人。
雪が降ったあとだから、窓から見える景色も冬っぽくていい感じだった。
「あ、でも、明日外歩いたら足が冷たいかも」
公園のベンチにも雪が積もってたらどうしようかなって思ったけど、朝になったらとけるかもしれないから、今から心配するのはやめておいた。
中野はもうどこかに出かける気配もなくて。
だから、テレビを見たり、おそばを食べたりするのかなってわくわくしてたけど。
そのあともいつもとなんにも変わらなくて、新聞を読んでタバコを吸ってるだけだった。
「でも、夕飯は食べるよね?」って思っていたら、宅配屋さんが来て。
「わー、すごい豪華かも」
5段くらい重なったお弁当箱の中にいろんなご飯が入ってるのが届いた。
一番上には大きなエビが入っていて、箱に入りきらなくてはみ出していた。
「ねー、これ、中野がもらったの? 誰から? すごいよね?」
そのお弁当には手紙がついてて。
差出人は「なんとかかんとか株式会社」。
本当は「なんとかかんとか」の部分もちゃんとした名前だけど、むずかしくて読めなかった。
「ねー、これ、今日の分はどれなのかなぁ?」
おかずだけの箱もあったり、いろんな色のご飯が入ってるのがあったり、おせち料理みたいなのやパーティーのご飯みたいのもあったりで、どれが今日の分なのか分からなかったけど。
「俺もちょっとだけ食べてみたいなぁ」
見たことのないものばっかりだったから、どんな味なのか想像できなくて。
でも、すごくおいしそうに見えた。
俺のじゃないんだから、欲しいなんて言っちゃダメかなって思ったけど。
中野は5段分をぜんぶテーブルに平たく並べて、「周りを汚すなよ」って言っただけだった。
食べていいってことなんだって思って、はしゃぎながら大きなエビの隣に座ってみた。
「これって本物かなぁ?」
だってエビフライのエビはこれくらいだよって、手で大きさを伝えてみたけど、中野には思いっきり呆れられた。
「俺が思ってるエビとは違うのかなぁ」
よくわからないまま、ちょいちょいって手で突ついてみたら、本物の殻っぽくて。
「食べれるのかなぁ……」
ちょっと心配になったけど、中味はちゃんとすぐ食べられるように切り分けてあって、つまようじが刺してあった。
「えっとねー」
それにしてもあまりに大きいから、大丈夫かなって思って。
こっそりエビの横に同じような形になって並んでみた。
角まで入れたら、ちょっと負けるかもしれないけど。
でも、体は俺の方が大きかったから安心して食べることにした。
「いただきまーす」
初めてだったけど。
「わー、おいしいかもー」
こんなのばっかりたくさん詰まってるお弁当なんてすごいなって思いながら、他の箱も調べてみた。
「これも食べたことないなぁ。あ、これ見たことないかも。なんだろうなぁ?」
中野に「知ってる?」って聞いてみたけど、やっぱり知らん顔されて。
でも、いいやって思いながらエビをもうちょっとだけ食べた。
「ねー、中野」
中野は新聞を読みながらビールを飲んでいて、手づかみでから揚げみたいなのを食べていたから。
「それ、なに?」
聞いてみたら、俺の顔なんて少しも見ないで、「食ってみればいいだろ」って言われた。
「でも、それが最後の一個なんだー」
だから、何なのか教えて欲しいなって言ったら、俺の口にから揚げが押し付けられた。
「いいの?」
聞き返したくせに、その時にはもう受け取ってた。
中野はなんにも言わずに新聞をめくって、それから他のものを食べ始めたから。
「ありがと」って言ってから、端っこをかじってみた。
でも。
「……魚かなー?」
食べてみたけど、おいしいってことしかわからなくて。
チラッと中野の顔を見たら、やっぱり呆れられた。
「白いよね?」
ハンバーガーにはさまってるやつかな……ってこっそりつぶやいてみたら、「河豚だろ」って言われて。
「ふぐって『ぷー』ってふくれるやつだよね。食べられるんだ?」
はじめて知ったなって思いながら、手に持ってた残りを全部食べた。
中野からもらったせいかもしれないけど。
「えへへ」
すごくおいしくて、うれしかった。
そのあとも中野が食べるやつをマネして食べてたら。
「もう食べれないかも」
おなかがパンパンになって。
「ぜんぜん動けないかも」
もう寝る時間なのに、一人でここに置いていかれたらどうしようって思っていたら、ぬれたティッシュが降ってきて、汚れた手と顔をなんとかしろって言われた。
「ありがとー」
きれいに拭かなきゃって思っていたら、洗面所に行ってた中野が戻ってきて。
しかも、そのままベッドに行ってしまいそうな気配だったから、あわててついていこうとしたけど。
その瞬間にテーブルから転げ落ちてしまった。
でも、おなかがいっぱいすぎて起き上がれなくて。
やっぱり置いてかれるってあせってたら、拾ってもらえた。
「ありがと」って言って顔を見たら、やっぱり呆れてたけど。
でも、ちゃんと一緒に連れてってもらえた。
ベッドもふんわり暖かで。
「いいかもー」
見つからないように布団にもぐって、中を歩いて中野のすぐ近くまで行ってみた。
たぶん中野はまた新聞を読んでるから、俺がそばにいることには気づいてなくて。
「このまま寝ようっと」
くるんとそこで丸くなってみた。
目が覚めたらお正月で。
しかも、中野といっしょで。
「じゃあねー、明日は残りのお弁当を食べて、あとはー……何しようかなぁ」
ものすごく楽しい予感がぐんぐん押しよせてきて。
だから、タバコの匂いをかぎながら、すぐに眠ってしまった。
せっかく中野と二人なのに、ちょっともったいなかったかもしれないなって、夢の中で思った。
|