-その3-
かまぼこごとその子を連れて診療所に戻ったら、待合室に女の人が座ってた。
「こんにちは、先生。母がいつもお世話になっています」
診療所にたまに来るお姉さんだった。
「風邪ですか? 少し声がかすれてますね」
「なんか疲れちゃったみたいで……あ、マモちゃん、こんにちは」
俺も顔は知っていたから、「こんにちは」って言ってみた。
「マモちゃんはいつも元気ね。診察が終わったらお姉ちゃんとも一緒に遊んでくれる?」
「うん、いいよー」
お茶いれて待ってるね、って約束して。
バイバイって言って診察室に入って行くお姉さんに手を振った。
闇医者も「すぐに終わるからね」って言いながら一緒に行って。
待合室に残ったのはいつもとおんなじ患者モドキと俺……って思ったけど。
よく考えたら、今日はかまぼこの子も一緒だった。
「マモルちゃん、そっちは新入りさんかい?」
小宮のオヤジがかまぼこの中を覗き込んだけど。
灰色の子はさっきよりもっと隅っこに行って小さく固まってしまった。
きっとはじめての人は苦手なんだなって思ったから、俺がかわりに紹介した。
「うん。今日ね、公園に引っ越してきたみたいなんだー」
名前はまだわかんないけど。
「教えてもらえるまで待っててね」
そう言ったら、みんな「うんうん」ってうなずいてた。
「それじゃあ、歓迎会をしないとなあ」
「じゃあ、俺、用意するー」
患者モドキたちに手伝ってもらって、お茶のしたくをして。
とりあえず話をするのに不便だからって、灰色の子は「チビちゃん」と呼ばれることになって。
でも、灰色の子はちょっと困ったみたいな顔で首をかしげていたから。
「俺も最初はそんな感じだったかも」
そう説明したら、かまぼこのドアのところからそっと顔を出して、「そうなの」って言いながらまたちょっと首をかしげた。
お姉さんと闇医者が戻ってくるころには、灰色の子もみんなと話せるようになってて。
「あれ、マモちゃんのお友達?」
そういえば、さっきはかまぼこの中にいたから見えなかったんだなって思って。
「今日友達になったんだー」
そう説明したけど。
お姉さんは俺の顔なんて見ないで、ずっと灰色の子を「いい子いい子」してた。
その時は『チビちゃん』もちょっと嬉しそうに見えたんだけど。
「どこのお家の子なの? 先生が預かってるのかな?」
そう聞かれたら、最初に会ったときと同じような元気のない顔になってしまった。
「えっとねー、迎えに来るの待ってるんだって」
やっぱりかわりに答えてあげて。
「そうだよね?」って顔で闇医者を見たら、ちょうど目でお姉さんに何かの合図をしてた。
それがどういう意味なのかはわからなかったけど。
そのときは二人ともなんとなく悲しそうに見えた。
「……ふうん、そっか……早く迎えに来てくれるといいね。じゃあ、それまでここの子になるのかな?」
お姉さんに聞かれても灰色の子はまたうつむいただけで。
代わりに答えてあげたかったけど、俺もなんて言ったらいいのかわからなくて。
そしたら。
「ホームステイ先を探そうかなって思ってるんですけど」
闇医者がそう言ってくれたから、よかったなって思った。
「ホームステイかぁ。うーん……マモちゃんと一緒に連れて帰ってもらうっていうのは……やっぱりムリよね」
やっぱりお姉さんも「中野じゃダメ」って顔をしてて。
中野だっていつもは優しいのになぁ、って俺は思ったけど。
でも、一緒に帰ったら怒られそうなのもホントだから仕方ないかもしれなかった。
「ね、チビちゃん。本当の名前は何て言うの?」
お姉さんには「自分から話してくれるまでは聞かないでね」って言うのを忘れてたから、また質問されてしまって。
「あのねー、ええっと、まだねー」
ちゃんと俺から話さないとってあせったけど。
「……れ……」
おんなじタイミングで灰色の子がすっごく小さな声でなにかしゃべったから、あわてて口を閉じた。
「……ぐれ……ぃ」
ホントにちっちゃな声だったけど。
目の前にいたお姉さんにはちゃんと聞こえたみたいで。
「あー、そうなの。ぐれちゃんて言うんだ。可愛い名前だね」
それから、「可愛い、可愛い」って。
また、お姉さんがなでなでぐりぐりして。
でも、その時、ぐれちゃんはとっても嬉しそうにしてたから。
「ぐれちゃん、お姉さんのこと好きなんだー」
いい匂いだし、優しいもんね、って言ったらぐれちゃんもちょっとうなずいて。
そしたら、患者モドキも、
「なんだ、なんだ、チビちゃんは女の子の方が好きなのか?」
「そりゃあ、いいよな。若くてキレイな子がいいに決まってるさぁ」
ニコニコしてそんなことを言ってた。
「マモルちゃんだってキレイなお姉さんが好きだろ?」
俺も聞かれたけど。
「うん。でも、一番は中野なんだー」
中野もカッコいいよって言ったら、なぜかみんな笑ってた。
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