X-10

Sequel to the story

<8>




キスなら今までにだって何度かしたことがある。
けど、ベッドの上で抱き合っている時のそれとはやっぱり違うのだということを今更実感した。
「……阿坂……」
本当にいいのか、と問う間さえなく。
絡みつく舌先。
時折り漏れる声。
吐き出される呼吸と熱、それから、背中に回された手。
その全てがどうしようもないほどの疼きに変わっていく。

正直なところ、あの日の助手とのことも俺の記憶の中には鮮明に残っていて、だから、それなりに慣れているんだろうと思っていたし、実際、それは間違っていないと思う。
でも、緩く開かれた唇から吐き出される呼吸があまりにも不安定で、絡められた舌先も不思議なほどたどたどしい感じがあった。
「……ん……っ」
クチュ、と濡れた音が耳に入るたびにキュッと目を閉じ、俺の下にある体がピクンと震える。
そんな様子に煽られて、何度も貪るようにその感触を求めた。

阿坂のことだから、こんな時でも全てがもっと素っ気ないと思っていた。
色気とか、そういうのにも無縁だろう、と。
でも。
「阿坂―――」
まだキスの途中だったけど。
少しでも冷静になりたくて名前を呼んだ。
このまま何かがプッツリ途切れたらどうなるのか自分でも分からなかったから。
なのに。
「ぅ……ん……っ」
そんな返事にもぜんぜん余裕はなく、言葉にもならないような掠れた呼吸は俺を煽るばかりで。
「声……出すなよ。マジで、もう切れそうなんだ」
限界だから、と。
やっとそう告げたのに。
息がかかるほどの距離で動く、その唇が発した返事は。
「……それでも、構わない」

その瞬間、目の前が真っ白になった。



「阿坂―――」
服を脱ぐ時間さえもどかしくて、まだ袖が抜け切らないうちに肌を合わせた。
ほんの少しでも触れていたくて。
唇を離すことなく手のひらだけ肌の上を滑らせた。
硬さを帯びた胸の突起も下半身に当たるそれも、阿坂がこの状況を本当に受け入れてくれたんだってことを証明するには十分で、それは俺に安堵をもたらすと同時に欲情を掻き立てた。

どんなにきつく抱きしめても高まるばかりの熱を持て余して何度も何度も名前を呼んだ。
本当はもっとこの時間を楽しみたいのに、気持ちとは裏腹に身体だけが先走る。
呼吸さえもままならないようなキスを繰り返しながら、ベッドの下に手を伸ばした。
いかにも買ったばかりという風情のそれを阿坂はなぜか少し不思議そうな顔で見ていたけど。
「ん……何?」
そう尋ねると、
「いや。ただ―――」
少し安心した、と。
そんな答えを返した。


その時の俺にはもう、それがどういう意味なのかなんて考えることもできず、ただむやみに焦りながら手順通りの準備をするばかりだった。
「……八尋」
もう大丈夫だ、と言われたのはどれくらい経ってからだったのか。
それに対しても俺は辛うじて「あ……うん」と頷いただけ。
その先の歯止めは効かなかった。
思っていたよりもずっとキツい入り口に戸惑いながらも阿坂を気遣う余裕さえなく、ただ欲しいという気持ちだけで深く身体を繋いだ。
阿坂はその間少し苦しそうな顔をしていたかもしれない。
けれど、俺が認識できたのは上気した頬と伏せられた瞳だけ。
それだけでも俺から理性を奪うには十分すぎるほどだった。
「……待……て、八尋―――」
「あ……ごめん……痛いか?」
目をギュッと閉じたまま苦しげに耐えているような表情にハッとして、すぐにでもタガが外れそうになっていた気持ちを抑えつつ、やっと聞いたのに。
阿坂はわずかに首を振って。
そのあと、喘ぐような声で返してきた言葉に、平静を保とうとしていた俺の努力は一気に吹っ飛んでしまった。
「……そんなに、動かれたら―――」
その後は声にさえなっていなかったけど。
伸ばされた指先が頬に触れたとき、ドクン、と身体が脈打った。

阿坂のことだから、きっとベッドでも変わらないんだろうなんて勝手に思っていた。
適当に吐き出して、終わったらシャワーを浴びて、またきちんと服を着て。
そんなイメージしかなかったのに。
「……俺、もうホントにヤバイ……んだけど」
無理な姿勢と分かっていても、そうせずにはいられなくて。
身体を繋いだままギュッと抱きしめて唇を塞いだ。
それから、これ以上はないというほど深く埋め込んで突き上げた。
激しくなる抜き差しに肌の熱が増していく。
「あ……ぅ……っ、ん……んっ……」
打ち付けられるたび、身体を仰け反らせながら。
見上げる瞳は熱っぽく潤んでいた。
時折り、少し苦しそうに目蓋を伏せたり、縋るような視線を絡みつかせたりするから。
きつく抱きしめるたび、普段は色のない頬が上気していく。
「……八……尋……っ」
高まった声が乱れた呼吸の合間に俺の名前を繰り返す。

撓る身体、しっとりと汗ばむ肌。
押し殺した声も、潤んだ瞳も。
何もかもが。

「―――……っ……達……く……」

気が狂いそうなほど愛しかった。




熱の引かない身体を抱きしめたまま。
「わりい……なんか、余裕なくて―――」
話しかけてみたけれど、阿坂はいつになくぼんやりとしていて。
随分経ってから、あまり表情のない顔で「別に」と言葉を返した。
素っ気ないのはいつものことだけど。
その頬はまだうっすらと上気していて、うつむくとサラリとこぼれる長い前髪が汗の残る肌の上で止まる。
吐き出したばかりだというのに、そんな様子を見ているだけで、また体の奥に熱が溜まっていった。

「阿坂ってさ……なんか、予想してたのと違った」
もっとさっぱりしてるんじゃないかと思ってたと正直に白状したら、
「いつも何を考えてるんだ」
笑いもせずにそう問い返されてしまったけど。
「え、あ、いや、別に毎日そんなことばっかり考えてるわけじゃ―――」
慌てて弁解をすると、阿坂がほんの少しだけ微笑んだように見えた。
その唇の色にはまだ情事の余韻が残っていて。
素っ気ない態度とはやけにアンバランスに思えた。
でも。
「……阿坂」
「何だ?」
そんな阿坂が、愛しくて、愛しくて。
どうしようもなくて。
「……もう一回、いい?」



初めての夜は長くて短かった。
ほとんど眠らずに迎えた朝の太陽はやけにまぶしくて。
でも、今まで見た中で一番綺麗だった。


「八尋、大丈夫か?」
ぼんやりしすぎていたんだろうか。
なぜか俺が阿坂に心配されてしまったりしたけれど。
「あ……うん、阿坂こそ」
もう一度甘いキスをしながら。
休日だったらよかったのに……と思ったのは、寝不足を心配したせいじゃない。
いつまで経っても熱が冷めなくて、きっと仕事なんて手に付かないと分かっていたから―――



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